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元風俗嬢と元浪人生
しばらくれなことも会う気になれず、ようやく決心が着いたのは大晦日になってからだった。
「何か、久しぶりだねー(笑)」
れなこは何か感じ取ったのか、少しだけよそよそしい感じで、けれどもいつもと変らない上手な笑顔で俺を迎え入れてくれた。
胸の奥に詰まっていた鉛の塊が少しだけ軽くなった気がした。
「しばらく会えなくてごめん。色々と整理してきたから」
「そっか」とれなこはそれ以上何も聞かず、手を繋いで歩き出した。
金のない俺たちはいつもどおりブックオフで立ち読みしたり、ファミレスのドリンクバーで粘ったりしながら夜を待ち、神社で年を越し、終電後の特別電車に乗って横浜に向かった。
「初日の出とか、ちゃんと見たのいつ以来だろー」
「俺、初めてかもしれない」
雑誌に載っていた初日の出特集を見て、デートらしいデートをしようということになったのだ。
いつもどおり他愛もない話をしながら横浜まで移動した。
横浜の駅を降りるとすごい人ゴミだった。
その歳は1000年に一度のミレニアム年越しということで、海辺は大々的に盛り上がっていた。
人ごみが苦手な俺たちは多少挙動不審になりながらも何とか日の出スポットにたどり着き、まあまあ見晴らしの良い堤防の上に陣取った。
周りはカップルだらけで、皆一様に男の膝の間に女の子が座るというカップル座りをしていた。
こんな公的な場所で堂々とイチャイチャできる機会など滅多にないだろう。
キスしているカップルもいたりして、正直、目のやり場に困った。
「ねえ、あたしたちもあの座り方しようよ(笑)」
「みんなの前でイチャイチャするカップルはどうかと思うって言ってたじゃん」
「こういう時は別でしょ(笑)」
そう言いながら、れなこが強引に俺の膝の間に割り込む。
「まったく・・・」
俺はれなこの体を後ろから抱きしめて温め、クリスマスにもらったマフラーをれなこの首にもかけた。
「はあ・・・落ち着く」
「うん・・・温かい」
「人をホッカイロみないにゆーな(笑)」
「でも、ほんと温かい・・・ありがとう」
「なに、急に」
れなこが心配そうに振り向く。俺はれなこの背中に顔を埋めて隠れる。
石鹸の臭いがした。
「・・・ずっと待たせてごめん。ちゃんと別れてきた」
「え? なんで、受験終わるのってもうちょっと先でしょ?」
「クリスマスの日に本当のこと言った」
「そっか・・・、でも、ありがとう」
れなこはそれだけ言って、俺の腕をギュッと握り、それ以上何も聞くことはなかった。
夜空が白けてきて、藍色から紫色になり、やがてうっすらと茜色がさしてきた。
「見て、もうすぐ」
「ほんとだ」
二人で水平線を見つめる。もうすぐ新しい太陽が海から産声をあげようとしているのが分かった。
茜色が徐々に黄金色になり、水平線から金色の輪が姿を現す。
同時にはっきりと照らし出されたれなこの横顔。
寒さのせいか頬が紅色に染まっている。
「キレイ・・・」
「うん・・・」
1000年に一度の太陽だなんていうけど、毎日登っては沈む太陽と何も変らないはずなのに、それでも目の前から姿を現し始めている太陽は、ちゃんと1000年に一度の特別な色とカタチをしていた。
一生、この光景を忘れることはないだろうと思った。
「ねえ」
「ん?」
「キス、しよ?」
「うん」
沢山のカップルに囲まれながら、彼らと同じように、俺たちは太陽がはっきりと姿を現すまで、生まれてから出会うまでの長い期間を埋めるように、長い長い初めてのキスをした。
れなこの病気が治ったわけではない。借金もある。俺の受験もこれからだ。
大学に入ったら生活感のずれから一杯ケンカをするかもしれない。
でも、二人なら、どんな問題でも乗り越えられる気がした。
「ホテル行こっか(笑)」
「行くか・・・(笑)」
END
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