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レールの上にドロップアウト
夢を諦めて大学に行く。
その決心を彼女に告げる前に、俺にはやらなければならないことがあった。
高校に入ってから俺は親に進路のことを聞かれる度に、「大学には行かない。高校を卒業したら自分の金で音楽の道に進むんだから口出しするな」と豪語していた。
だから親に頭を下げて、承諾をもらえなければ大学にも行けなかった。
手のひらを返して大学に進学させてほしいという俺に対し、父親はこうなることは初めから分かっていたとでも言わんばかりに苦笑し、「分かった。頑張れよ」と返した。
自分の愚かさを認め、親の敷いたレールに乗っかるという、自分のアイデンティティを捨てる儀式は思った以上に呆気なく過ぎ去った。
次に自分の音楽の師匠に連絡し、レッスンを辞める旨を伝えた。
こちらは散々反対された。
一年掛けて厳しい基礎レッスンを乗り越え、ようやく実践的なフェーズに入り、まさにこれからという時だったからだ。
「お前が人一倍頑張っていたのは俺が一番知っている」と言われ、正直涙が出た。
けれど一度レールの上に乗ってしまった俺の心を師匠の言葉が動かすことはなかった。
電話を終えてすぐに、部屋中に散らばった楽譜と教本と楽器と機材をクローゼットに押し込み、机の上に教科書を広げた。
高校に入ってから今までずっと、毎日バイトをしながらレッスン料やスタジオ代を稼ぎ、空いた時間を全て楽器の練習とバイトに費やしてきた。
初めこそ仲間がいたが、2年の文化祭をすぎて寒くなってきたあたりからは、一人また一人と勉強のために音楽をやめ、3年に上がる頃には一人ぼっちになっていた。
半分意地になっていたのかもしれない。
それでも俺は同級生が受験勉強に励んでいる姿を横目に、毎日毎日、授業をサボり、睡眠時間を削り、変らない鍛錬の日々を続けていた。
「周りに流されず自分の信じた道を突っ走れるお前は本当にすごいよ」
ドロップアウトした仲間がそんな薄っぺらな言葉で俺を評価した。
視界が滲み、物理の教科書にぽつりぽつりと染みができた。結局その日は勉強をする気分にはなれず、ひたすら教科書の上で泣いた。
自分という人間がいかにちっぽけだったのか実感し、心底辟易した。
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