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携帯と限界
時間の経過とともに悪い方向にばかり進んでいて焦りだけが増していく。
その危うい状態が完全に崩壊したのは夏休みだった。
彼女の学校が休みになり、日中も連絡が来るようになって頻繁に会いたがり、勉強も手についていない様子で、会えばケンカして、泣き、幼い二人はどうしようもないジレンマをお互いにぶつけ合い、傷つけ合うことでしか解消できずにいた。
バイトにも行けず、勉強もできず、ただただ金も心も消耗していった。
夏休みが終わった翌月の携帯の請求額が10万を超えていた。
もうダメだ。そう思った。
このままだともっと悪い方向に進み彼女の人生まで狂わせてしまう。
追い詰められた俺は、携帯を解約して彼女との連絡を絶つことしか打開策が思いつかなかった。
完全な暴挙だと思っていたけれど、ちゃんと説明したら彼女は理解し受け入れてくれた。涙が出た。
それからの連絡は家の電話でしか取らないようにし、俺は今度こそ金を貯めるためにバイトを増やした。
この時点で俺は目指している国立大に受かるのは無理だと確信していた。
けれど彼女にそのことは言えなかった。二人で同じ大学に受かる。それが彼女の原動力で、絶対に失望させられなかった。
それから1ヶ月後、仕事の性質上どうしても携帯が必要になりまた新しく買い直したが、彼女に連絡先も携帯を買った事実も伝えなかった。
彼女の心は安定していて勉強も頑張っていたし、たまの連絡の時もお互い穏やかに愛していると言い合えていた。
しばらく会うのは控えていたけれど、お互い気持ちが落ち着いてきたのもあり、付き合って2年目の記念日には二人で出かける約束をした。
川越駅のいつもの待ち合わせ場所。久しぶりに会った彼女は以前よりずっと落ち着いて元気そうだった。
会っていなかった時間などなかったかのようにお互い通じ合い、笑顔で笑い合えた。
けれどそれも束の間だった。
馬鹿な俺は携帯を買ったことを彼女についこぼしてしまった。
その瞬間彼女の表情から笑顔が消えた。
「なんで隠してたの? なんで教えてくれなかったの?」
戸惑いと怒りと不信感の混じった声で俺に詰め寄る。
高校生にとって2年間はとても長い付き合いだ。
幼い彼らは何一つ隠すことなく自分を曝け出し相手にぶつけ合い、ケンカし、お互いの良いところも嫌なところも全て分かりあった上で成長しながら付き合っている。
それを裏切られていたのだ。平気な顔をして平然と。
けれども青くて幼い俺は自分の考えを押し通すことしかできなかった。
なんで分かってくれないのだと駄々をこね、もう会うのはやめようと言い、彼女を余計に悲しませ怒らせた。
頬を叩く音がゲームセンターの喧騒に紛れてかき消された。
「なんで! なんで!」薄い唇を噛み、涙を流しながら彼女は俺の頬を何度も叩いた。
すごく痛かった。理解してくれない彼女と、どうしようもなく追い詰められている情けない自分への憤り。
頬よりも胸が締め付けられ、彼女に叩かれる度に心が悲鳴を上げた。
頭が真っ白になり視界が霞む。気が付くと俺は彼女の細い腕を掴み、反対の手で紅色の頬を叩いていた。
ゲームセンターの喧騒が消え、まるで時間が止まってしまっているような気がした。
手が酷く痛んだ。
時が動き出し、喧騒とともに罪悪感が波のように押し寄せる。
「ごめん」という一言も搾り出せないまま、彼女の目を見ることもできないまま、俺は踵を返しその場から逃げた。
後ろから「待って!」という彼女の声が聞こえたけれど、振り返ることなく、休日の人ごみを掻き分け必死に走った。
こんなくだらない男が、彼女の人生に関わる資格などない。
生きていることすら恥ずかしくなり、そのまま商店街の雑踏に溶けて消えてしまえばいいとさえ思った。
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