第6話

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「完璧だ…」 「完璧ですわ…!」 満足気に頷きあうリヒャルトと仕立て屋の呟きに、マシューは頬をひきつらせる。 殆ど白に近い淡いイエローの生地に髪の色と同じアッシュグレーのライン、ピンクゴールドの飾りが特徴的な豪奢な礼服を身につけたその姿は、まるで自分ではないようで、マシューは感動よりも引いてしまった。 馬子にも衣装、ってどこかで聞いた気がする。 ━━━ 重厚な城門から入って直ぐの大きな大きな階段を上った先に、その部屋はある。 ラビエル王国に来てから既に数日が経ったが、マシューは今日初めてその部屋に入ろうとしていた。 「マシュー、大丈夫…ではなさそうだな…」 「だ、大丈夫です…大丈夫…大丈夫…」 謁見の間を前にして、マシューは唇を真紫にしている。もちろんそれはリヒャルトの瞳のような美しい輝きではなく、緊張で血の気が引いた色だ。 この扉の先に、世界最大の領土を持つラビエル王国の現国王陛下がいる。リヒャルトの実の父親で、奴隷制度の撤廃を世界で初めて実現させた名君と呼ばれる人物だ。 かつて奴隷商店でこき使われていた自分が、まさかこんな豪華な衣装を身につけ王子様と一緒に国王に謁見することになるだなんて。 マシューはとりあえず胸元を握りしめて深呼吸をする。ちっとも息は整わない。気休めにすらならない。 見かねたリヒャルトはそんなマシューの手を取り、(うやうや)しく指先に口付けを落とした。 「…マシュー、脅かすようで悪いけど…俺は父王に嫌われてる。歓迎はされないはずだ。それでも、必ず君を守るよ。…心配しなくていい。何も聞かなくていいし何も話す必要はない。堂々と前を向いて真っ直ぐ陛下を見ていて。」 そう告げたリヒャルトの顔は、少しの陰りがあった。 父親である国王陛下に、嫌われている?そんな話は初耳で、しかし聞き返す時間も勇気もなかった。 「行こう。」 それが合図。 両脇に立つ虎獣人の衛兵が、重い音を立てて扉を開ける。広い広い部屋、真っ直ぐに敷かれたレッドカーペット。両脇にはラインハルトやジークハルト、そしてルイの姿もある。ルイはマシューと目が合うとにこりと微笑んで小さく手を振った。 その先の玉座に腰掛けるのが、国王クラウスだ。 豊かな栗色の髪に同じ色の見事な髭を生やし、深く刻まれた皺は苦労の数を物語っている。リヒャルトとは似ていない。どちらかといえば以前城下町で出会ったラインハルトによく似ていた。 冷たく光る紫水晶の瞳が、真っ直ぐにマシューとリヒャルトを射抜く。 リヒャルトはその視線をものともせず、レッドカーペットの上を歩いていく。堂々としたその背中に引っ張られるように、マシューはふらふらとついていった。地に足がついている感覚がなかった。ただそうしなければならないという空気がそうさせた。 「第三王子リヒャルト・オリヴィア・ラビエル。ただいま参りました。お久し振りでございます、陛下。」 膝を折って最敬礼の姿勢をとったリヒャルトに、慌てて倣う。これで正しいのかもわからないが、初めての姿勢に内腿がヒクヒクと痙攣した。 「…形だけの敬礼など要らぬ。顔を上げよ。用件はなんだ。手短に話せ。」 年齢を感じさせる嗄れた声は、それでも広い謁見の間に響き渡る。 そのあまりに冷たい声に、マシューはぞくりと背筋が凍り、こめかみを冷汗が伝った。 三歩前にいるリヒャルトが顔を上げる気配がする。マシューもそれを真似て顔を上げると、高いところから見下ろすその威圧感に、戦慄した。 決して身体が大きいわけではない。距離があるからむしろ小さく見える。だというのに、玉座に腰掛け杯を傾けるその姿は、万物の王たる風格を醸し出していた。 マシューはゴクリと生唾を飲み込んだ。 何も話す必要はないと言われたけれど、これでは話なんてとても出来ない。 「…では、単刀直入に申し上げます。」 リヒャルトの声が反響する。 それはマシューに対して向けられたことのない、冷たい声だった。 「ここにいるマシューを、私の伴侶として王族に迎え入れたいと思っております。」 一瞬にして広い謁見の間に動揺が走った。
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