第6話

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━王族に?ご結婚の意思があるということか? ━公妾だろう、エーベルヴァイン公子もおられるというのにいくらなんでも有り得ない。リヒャルト殿下もご冗談が過ぎる。 ━に、してもまさかリヒャルト殿下が兎を選ばれるとは… 衛兵や使用人の囁き声が萎縮しきったマシューに追い打ちをかける。大きな耳をぺたんと畳んで拒絶しても、鋭い聴覚が聞きたくない言葉を勝手に拾ってくる。 静かにリヒャルトを見下ろす国王と、挑むように国王に真っ直ぐな視線を向けるリヒャルトは一触即発の空気だ。 そんな中、一人の女性の声が響いた。 「…リヒャルト、巫山戯(ふざけ)るのも大概になさい。」 「私はいつだって大真面目ですよ、クラウディア姉様。」 「ならとうとう頭がおかしくなったのかしら?」 「愛した人との結婚を望むのがそんなにおかしなことでしょうか?」 「愛?笑わせないで!」 手にした派手な扇をバチンと閉じて、クラウディアと呼ばれた獅子の耳を持つ女性は激昂した。 「我々王族は民の希望であり絶望であり、憧憬と畏怖の対象でなければなりません!常に強く美しくあらねばなりません!兎に誰が希望を持ちますか、誰が畏怖を抱きますか!誰よりも賢い貴方ならわかるでしょう!」 しんと静まり返った広間に、クラウディアの乱れた息遣いだけが響く。侍女が差し出した水を飲み干したその時、今度は静かで冷たい、聞き覚えのある声が響いた。 「…同感だ。有意義どころか余計な混乱を招くだけだろう。愛だの恋だの、お前には一番無縁だと思っていた。少し頭を冷やしなさい。」 リヒャルトとよく似た顔に呆れをありありと見せて、ジークハルトは大きなため息をつく。 何か悪いものに取り憑かれたように、マシューは体の自由が効かなくなっていた。場の重圧に圧倒されて、指一本動かせない。助けを求めようにも、首を回すことすらできなかった。 「待て待て、皆で寄ってたかって…リヒャルトだって一人の人間だ。愛だの恋だの、当然だろう。」 「兄上はリヒャルトに甘過ぎますわ!」 「それを言うならクラウディア、お前はリヒャルトに厳し過ぎる。…まぁさておきだ。リッチ、先日言った通り私は反対しない。お前が愛する人に出会えたと言うことに喜びを感じるよ。…しかし恋愛と結婚は別だ。わかるね。」 反対しないとは言うものの、ラインハルトの声は厳しい。あの大らかな笑顔はなりを潜めて、次代の王の顔で、リヒャルトを諭すように詰る。 「エーベルヴァイン公子は君の母上であるオリヴィア様が直々にお選びになった素晴らしい方だ。何が不満だ?言ってみなさい。」 リヒャルトがグッと拳を握ったのを目の端に捉えたマシューは、初めてラインハルトに出会った時、彼の手が震えていたことを思い出した。急に自分よりもリヒャルトが心配になったのもつかの間、リヒャルトが口を開き、静かに「わかりませんね。」と告げた。 「お言葉ですが、変化に混乱は付き物です。自由恋愛が提唱されて60年、世界中で親しまれてもう50年も経つというのに、未だ我々王族を始め中上位貴族の政略結婚が当たり前なのは如何なものかと。それに、私がエーベルヴァイン公子との結婚を蹴り、他国の平民であるマシューを迎え入れることは、陛下が望んだ世界からの奴隷制度の完全撤廃、それに伴う我が国の移民の受け入れ体制と身分保障に大きく貢献すると思っています。…私は、大きな目標を掲げるばかりでいつまでたっても王都近郊の者にばかり目をかけるあなた方の方がどうかしていると思いますがね。」 その強い物言いに、再びザワザワと兵や使用人たちが騒ぎ出す。クラウディアは顔を真っ赤にして華奢な拳を震わせ、ラインハルトもジークハルトも眉を顰めた。恐らくまだ学び舎に通っていると言う第2王女と思われる随分と幼い少女だけが不思議そうな顔をしてキョロキョロと兄姉の顔を見比べている。そして話の渦中にあるはずのルイは、静かにことの成り行きを見守っていた。 そのどよめきを打ち破ったのは、ガシャンと陶器が割れる音だった。 驚いて顔を上げると、リヒャルトの前にはいつのまにかゲオルグが立っている。その足元には、国王が手にしていたはずの杯が無残にも粉々になっていた。 国王が我が子であるリヒャルトに向かってそれを投げ付けたのは、明らかだった。 「…お前は、いつもいつもいつも…儂を馬鹿にしおって…!」 わなわなと全身を震わせて怒りを露わにした国王はすっくと立ち上がり、マシューをビシッと指差すと、顔を上げて声を張り上げた。 「総員抜剣!!我が息子を誑かすそこの卑しい兎を捕らえよ!!」 その命令に、思い金属音がいくつも響く。マシューの首元にいくつもの刃が突きつけられる。 状況が飲み込めないまま呆然としている間に、兵の一人が乱暴にマシューの手を掴み無理やり立たせて引きずるように歩き出した。 「いや…リヒャルト様、リヒャルト様!!」 マシューの懸命な叫びに、リヒャルトは振り返らなかった。その背中に向かって手を伸ばすしか出来なかったマシューを、リヒャルトはただの一度も見なかった。
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