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第7話
煌びやかな王城の地下に、こんな場所があるなんて。
四肢を抱き込み胎児のように丸くなりながら、形だけの固く冷たいベッドとボロボロの毛布を被って、マシューは外界を遮断した。
どれくらいの時が過ぎたのだろう。
昼食を取ってから国王に謁見してこの牢に入れられた。さっき運ばれてきた食事は夕食だろう。それなりの時間は過ぎているにしろ丸一日は経っていないはず。だけどその夕食からも随分時間が経った。時折見回りの兵士が立てる足音以外になんの物音もしない。王城の地下牢なんて、他に誰もいないのだろう。
マシューはいつまでここでこうしていなければならないのかという不安をただただ押し殺した。目を閉じると浮かぶ後ろ姿。助けてと縋った背中の持ち主は、今どこで何をしているのだろう。
きっと助けに来てくれる。
そう信じているものの、心の片隅に見捨てられたのではという想いが引っ掛かっている。国王だけでなく兄姉からもあんなに苦言を呈されて、それを押し切ってまでマシューと共にあることがリヒャルトにとっていいことであるとはとても思えなかった。マシューが引きずり出された後の謁見の間で、叱られ諭され気が変わってしまったかもしれない。
もし、そうだったら?
マシューの背筋が凍る。
ギュッと胸元の指輪を握りしめると、カツン、と二人分の靴音が響いてきた。それは段々と近づいてくる。見回りかもしれない。結構な時間が経ったのか、もう翌日だったりして。
マシューが絶望に目を閉じると、牢を守る兵の慌てふためく声が響いた。
「は…え!?り、リヒャルト殿下!?いけません、このような場所にいらしては…!!」
「国王陛下の許可証だ。鍵を開けてくれ。」
「え…さっき入れられたばかりで…ヒッ!?わかり、承知いたしました、ただいま…!」
ガチャガチャと金属が耳障りな音を立てて、やがて一際大きくガチャンと音を立てて解錠された。マシューが信じられない思いで毛布から這い出ると、見慣れた美しい紫水晶に悔恨の念を浮かべ、苦々しくその顔を歪めたリヒャルトがギュッと抱きしめてくれた。
その腕の中で冷え切った身体が急速に温まり、一気に安心感に襲われてマシューは声もなくぼろぼろと大粒の涙を零した。
「…戻ろう。」
━━━
手を握るその力こそ優しいものの、リヒャルトは一言も発さず珍しいほど足早に広い城内を突き進み、一直線に自室に戻ってきた。
部屋に入るなりふっと手を離される。リヒャルト様、と声をかけるよりも早く、ドカッと鈍い音が部屋に反響した。マシューは突然の大きな音に驚いて飛び上がり、恐る恐るリヒャルトを見た。
「…どいつもこいつも…!」
怒りを露わに衝動的に壁を殴りつけ、地を這うような低い声はマシューの知るリヒャルトの姿からかけ離れている。
マシューの後ろから付いてきていたゲオルグが、宥めるようにリヒャルトの肩を抱いて定位置のソファに座らせた。
「お気持ちはお察しします。が、幼子のような癇癪を起こさないでください。今グスタフ先生をお呼びします。」
「お前もお前だ、なんでわざわざ小指なんだ!痛いだろうが!」
「芸術的なまでに綺麗に剥がれましたので私は自分の力量に感動を覚えました。痛みは最小限に済んだと思いますよ。」
「嫌味はいい!」
一際大きな怒声を上げたリヒャルトは、高い位置にあるゲオルグを睨め付ける。凍てつくような、マシューなら視線だけで殺されてしまいそうな紫水晶の眼差しをゲオルグは真正面から受け止め、静かに礼をして部屋を去っていった。
残されたのはどうしていいかわからず立ち尽くすマシューと、未だ苛立ちを露わにするリヒャルトだけ。
何か、お声をかけるべきなのか。
でもなんて?とりあえず、助けに来てくれてありがとうございます、とか。
「マシュー。」
「は、はいっ!」
考えあぐねているとリヒャルトの方から声をかけられて、ちょいちょいと手招きされる。
一瞬だけ躊躇してゆっくりと歩み寄ると、グイッと手を引かれてリヒャルトの胸の中に飛び込んだ。
「よかった、無事で…」
僅かに震えた声が、リヒャルトの心情を物語っている。どれだけ心配してくれていたのかが痛いほど伝わってきて、マシューは心に温かい気持ちが広がった。しっかりと感じるリヒャルトの鼓動がひどく安心する。戻って来られたことを実感して、マシューは漸く安堵した。
「…すまない、もう少しこのまま…」
マシューをきつく抱きしめたまま、リヒャルトはらしくない弱々しい声でそう告げた。
きっと、あの国王を相手に無茶をしたのだろうと思う。絶対の権力者である自分の父親に刃向かうのは生半可な覚悟では出来ないはずだ。
そうまでして救い出してくれた。
マシューは震える背中をギュッと抱きしめ、ゆっくりとさすった。いつもリヒャルトが自分にしてくれるように。
そうする以外に、彼を安心させる術をマシューは知らなかった。
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