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もうそれで終わったことと思っていたのに……セレネーは肩のネズミに視線を送る。
「わざわざお礼を言いにここまで来るなんて律儀ね」
『だって、あの子をあんなに幸せにしてもらえたんだ。本当なら毎日だってお礼を言いたいくらいだけど……それじゃああの子を見守りに行けないからさ、代わりにオイラの宝物を渡したいんだけど――』
「いらないわよ。もう報酬は貰ったから」
『え? 誰から?』
「あの娘からよ。あの娘や王子の幸せそうな笑顔が見られたから、それで十分」
そう言ってセレネーはウィンクした。
こんな所に金銀財宝があっても邪魔になるし、お金がなくてもやりたい事は十分できている。そもそも元から金品には興味がない。
自分にとっての報酬は――助けた者が幸せになること。
綺麗事でも見栄を張っている訳でもなく、心から他人の幸せそうな顔を見るのが好きなのだ。それが趣味だと言い切っても過言ではない。
魔女の界隈では「そんなことしても得しないじゃない」と呆れられ、アクの強い魔女たちの中でも一番の変わり者だ、というのがもっぱらの評判だった。
セレネーは小さく笑ってから、「でも」とネズミに尋ねた。
「あの娘、結婚しちゃったんでしょ? アンタはそれでよかったの?」
『オイラはあの娘が幸せになってくれれば、それでいいんだよ。見返りなんか欲しくないし』
強がりかな? と思ってセレネーが横目でネズミを見つめると、彼は清々しい顔で胸を張り、小さな目を閉じて上を仰いでいた。
(未練はなし、か。やっぱり動物は潔いわね)
このネズミが特別という訳ではない。他の動物たちも似たような考えを持っている。
損得ではなくて、自分が気に入るか気に入らないか。要は本能にとても忠実なのだ。
「そう。アンタも幸せならよかったわ」
『へへへへ……』
互いに笑い合ってから、ふとネズミが『そういえば』とつぶやく。
『さっきここへ来る途中、変なカエルがこっちへ向かってたよ』
「変なカエル?」
『二本足で歩きながら、メソメソ泣いてたんだ。カエルなのに変だろ?』
そりゃあ確かに変なカエルだ……ん、カエル?
もしかして、と思いセレネーは鍋をかき回していた手をとめる。
『ひょっとして知り合い?』
「多分ね。二本足のカエルなんて、そうそういるもんじゃないから。でも、まだカエルのままだなんて……」
セレネーが考え込もうとした瞬間、玄関の魔法の扉がゆっくり開いた。
この小屋に訪れるのは大半が動物や虫。
用事があるものが前に立てば、自動で開くように魔法をかけてある。
いつもなら「ごめんください」なり挨拶なりが最初に聞こえてくるのだが……。
彼の第一声は号泣だった。
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