水晶球の選定と魔女のにんまり企み

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 落ち込んで暗くなったところで状況が変わるワケでもないし、いいことなんてひとつもない。セレネーはわざと朗らかな声音でカエルに話しかける。 「落ち込まないでよ、ちょっと条件下げればいいだけの話じゃない。お姫様じゃなくても、カエルの王子を愛してくれそうな乙女を見つければ大丈夫! しかも私がついているんだから。どんどんサポートしてあげるから、呪いなんてあっという間に解けるわよ」 「セレネーさん……ありがとうございます! ずっとひとりで頑張ってきたので、セレネーさんという味方ができて本当に心強いです……ゲコ……ケロロロォ……」  元気が出たと思いきや、今度は感動でカエルが泣き始めてしまった。案外と感動屋なのねぇ……と息をつきつつ、セレネーはホウキの速度を上げて空を突っ切った。  しばらくして二人は北の国で一番大きな都に到着する。  冬になると大量に積もる雪に備えて、どの建物も三角屋根だ。空から眺めていると色とりどりのキノコが生えているように見えてきて、いつも来る度にセレネーはよだれが込み上げそうになる。住処にしている中央の森には美味しいキノコがいくつも存在する。どうしてもそれを思い出してしまう。 (いけないいけない、これから魔法を使うんだから雑念を払わないと……)  セレネーは首を振って気を引き締めると、都の中央でホウキを停めて滞空する。それからローブのポケットから水晶球を取り出し、眼下に広がる活気づいた街に向けた。  ローブから這い出たカエルが、セレネーの肩越しにひょいっと水晶球を覗き込む。 「セレネーさん、何をしているのですか?」 「足で探してたら時間かかっちゃうから、この水晶球で王子の呪いを解いてくれそうな子を探すの――クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうな、気立てのいい娘を教えておくれ」  そっとセレネーが囁きかけると水晶球はほんのり薄紅色に光り、中でモヤモヤとした陽炎のような揺らめきを見せる。それから徐々に揺らめきは人の形を作り出し、次第に一人の少女を映す。  そこには食堂の看板娘と思われる少女が、昼時の忙しさに汗水を流し、懸命に働く姿があった。  同じ給仕の娘にジーナと呼ばれ、彼女は快活な声で返事をしていた。  やや釣り上がった目は勝気そうだが、整った顔をしている。愛想はよく、接客の物腰も丁寧だ。仕事仲間に対しても心配りができている。親や弟妹を大切にしているようで、家事も喜んでやっているようだった。  姫という立場に比べれば、あまりに雑多とした環境。だからこそ地に足をつけて毎日を生きる彼女が魅力的だとセレネーは感じる。  この子は悪くない。そう確信したセレネーは、肩口のカエルを見やった。 「良さそうな娘じゃない。どうかしら、王子?」  水晶球をまじまじと見つめてからカエルは、ほう……と感嘆の息をついた。 「ああ、こんな方を妃にする事ができれば、きっと民にも心を砕いてくれるでしょう」  夢見心地なカエルの声を聞き、セレネーはわずかに片眉を上げる。 (え、もう惚れた? 惚れるの早いわね?! なんかもう表情がうっとりしていて浮かれた感じなんだけど……大丈夫?)  そんなに浮かれていると、うっかりボロが出て失敗しそうな気がしてならない。でも、せっかくやる気を出しているところに水は差さないほうがいいと思い、セレネーはあれこれツッコみたい気持ちをグッと堪えた。 「じゃあこの娘の所に連れて行ってあげるわ。でも、ちょっと夜になるまで待ってね」 「夜に? どうしてですか?」 「こういうのは雰囲気も大切なのよ。アタシに任せて! あの娘がカエルを受け入れやすくなるために演出するから」  セレネーはパチリと片目を閉じてみせると、一度都の端へ行ってホウキを降り、街へと足先を向けた。 「まずは宿を探さないとね。ひとり分で済むからありがたいわよね」 「えっ?! ふたり分払わないと無銭宿泊になるのでは……?」 「カエルなんだから宿代はいらないでしょ。それに貴方が寝起きする所は宿じゃないわ」 「……そ、外、ですか……カエルですし、金銭はありませんから……当然ですよね」 「違うわよ。いくらなんでも王子に野宿させるほど、アタシは薄情じゃないから」  不安そうに覗き込んでくるカエルに目を合わせながら、セレネーはにんまりと笑った。
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