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食文化なんて妄想
「本日、梅雨明けの発表が有りました」・・と、テレビでは喧しく報道されている。これからは日を追うごとに日本列島が暑くなる。
そんな厳しい日差しの屋外で、或る一点を見つめたまま、その場を動こうとしない少年が居た。
そんな少年に
話しかける老人が居た。
「僕って呼んでよかったかな?」
『僕?・・僕はユウって言うんだ』
「ユウ君か・・こんな日差しの中、ユウ君は何をしているのかな?」
『ツバメを見てるんだ・・おじさんは・・誰?・・どこの人?』
「これは失礼・・こちらから名乗るべきだったかな・・おじさんは・・カズって呼ばれていてな、文字であらわすと・・」
「ユウ君は“令和”って漢字知ってるかな?」
『うん、知ってるよ・・新しい元号だろ・・』
「よく知ってるね、ユウ君は、何年生かな?・・」
『5年生だけれど・・なにか?・・』
「5年生か・・いやちょっと聞いてみたかっただけだ、私の名前はね・・その“令和”の和の一文字をとって、カズって呼ぶんだ」
村田 和(カズ)には、ユウが今、何を見ているかなど、既に承知のことであり、その答えなど、どうでもよかったのだ。
そもそも2階のベランダから、目線を落とした和は、5分も前からユウのことは、すっかり観察済だったからだ。
それより自分の問いかけで、ユウがどのような反応を示す少年なのかが知りたかったのである。
「ツバメは偉いだろう・・自分の子供たちのために一日に百回以上も餌を運ぶんだよ・・ほら、またオスがやって来た・・あっ、あそこ、あそこにも来てるだろ・・あれがおかあさんツバメだよ」
『おじさん・・じゃなかった、カズさん・・は、どうしてそんなにツバメのこと、よく知ってるの?』
「おじさんなんか、まだまだだが・・それでも7年になるかな・・そう7年もツバメが落とした糞(ふん)の掃除をしていると、少しは詳しくなるのかな・・」
「だから、今では巣の下の隅っこに新聞紙を敷き詰めている・・ほら、こんなにも糞が付いているだろう・・雛(ひな)の成長とともに、糞の量も多くなるんだ」
その時だった、親鳥が餌を運んできたようで、巣の中の幼鳥が一斉に騒ぎだしたのだ。
『和さん・・あの蝉みたいな声って、ツバメの雛の鳴き声だよね・・それにしても凄く大きな声が出せるんだね・・』
「良いところに気がついたね、それはね・・(僕は・・私は、ここに居るよ!次の餌は僕の番だよ!)ってみんなが競って叫んでいるんだよ」
『そうか・・巣の中の雛が大きな口を開けているのは、餌をねだってるからなんだ』
「そう、ユウ君・・くちばしまでね・・よく観察してるね」
和はそんなユウの言葉に満足そうに頷いていた。どうやら、ユウが気に入ってしまったようである。
「でもね・・いつだったか一度、巣から落下したひな鳥が居てね・・元の巣に戻してやったが、それこそ元気がなく、餌がもらえなかったことがあってね・・」
『そのひな鳥って、どうなったの?』
「あくる朝、巣の中で亡くなっていたよ」
『えっ、僅か一日で死んじゃったの・・人間だったらもっと生きられるよね
』
「どうかな?・・生きるためには、食べることって、とっても大切なことなんだってユウ君にも分かってもらえたかな?」
「ユウ君は、好き嫌いが有るのかな?・・それとも、何が大好物なのかな?・・」
『ハンバーグ・・ビーフカツ、それとミンチカツかな・・』
「それじゃ、牛肉のオンパレードじゃないか・・好きでなくてもいいが、野菜も食べなきゃ、栄養失調になるよ・・」
野菜の話が、気に入らなかったのか・・ユウは話題を変えてきた。
『ツバメって、何食べてるの?』
和は答えていた・・虫だ、昆虫だと・・それも、主に空中を飛んでいる虫を捕まえて食餌していることを話していた。
『へぇー凄いね・・空を飛んでいるのに捕まえられるんだね』
「しかも、農作物の天敵となる害虫を捕まえてくれるので、昔から益鳥とも呼ばれているんだ・・そうだ、益鳥ってね・・人間にとっては有難い鳥だって言うことだ」
『でも、この辺って田んぼや畑は少ないよね・・駅の向こう側に行けば沢山有るのにね』
「だからかな?・・糞の掃除をしていると、時々トンボや蜂が落ちてることも有るよ」
『えっ、トンボみたいな大きいのも・・それじゃトンボが可哀そうだね・・』
「そうか・・ユウ君はお家で何か飼ってるんだ・・猫とか犬とか・・」
『いいや、特に何にも飼っていないよ』
「それじゃどうしてトンボが可哀そうだと思ったのかな?」
『だって、トンボってなにも悪いことをしていないでしょ』
「そうだね・・少なくとも人間にはね・・」
『だれに・・悪いことをしているの?・・』
「ツバメと一緒で・・空中を飛んでいるハエや蚊・・蜂だって捕まえているんだよ」
『うそ!・・あんなにカッコいいのに、ハエや蚊を食べているの?・・信じられない・・』
そう言ったかと思うと、ユウはその場にしゃがんでしまった。
日差しに立っていたユウは、もう限界だったのかも知れない。
カズに促されたユウは、二階に向かう階段の一段目に腰を下ろした。
「ユウ君・・どうかしたの?・・急に元気がなくなったようだね・・」
そう言うと、カズは階段の踊り場に向かって、大声で叫んだ。
「母さん!・・冷蔵庫の缶ジュースを二つ持ってきてくれないか・・」
間もなく、和の奥さんがジュースを持ってきた。
『これでいいんですか・・あれっ、その子は?・・』
「この近所に住んでるんだよな・・さあ、冷たいうちに飲みなさい」
和は、ユウに缶ジュースを渡した。ユウは缶ジュースのタブを引きながら言った。
『ぼくはブルーインパルスが大好きなんだ・・この階段に飛び込んでくるツバメの飛び方が・・ブルーインパルスと全く同じなんだ、羽根を静止したままで・・とてもカッコいいんだ・・』
「ブルーインパルス・・?どこかで聞いたような言葉だが・・それは何者なのかね?」
『和さん・・ほんとに知らないの?・・航空自衛隊の飛行隊なんだ・・曲芸飛行するんだよ・・本当に知らないの?』
「そりゃ・・是非とも一度、見てみたものだね・・」
『でも、そんなカッコいいツバメが、トンボを食べるなんて、許せない!・・トンボもそうだよ、可哀そうなのにハエや蚊を食べるんでしょ・・
みんな、殺し合いしないと生きられないって・・とても悲しい話だよね・・』
「ユウ君・・一を聞いて十を知るって言葉・・まるで君のことを言うんだね」
『それって・・どういう事ですか?』
「ユウ君は、弱肉強食って言葉を知ってますか?・・」
『うん、アフリカの森に住む野生動物たちが生き残るための話でしょ・・』
「それが、ツバメやトンボ、そしてハエや蚊たちの自然界でも同じことが繰り替えされているんだ・・でも君がそれを悲しいと言ったんだ・・だから和さんはね・・・・ごめん、和さんはこれ以上うまく説明できない・・でも、そのうちユウ君にも分かる時が来るさ」
和は、これを語り切ってしまうことで、今夜からユウが大好きなハンバーグやミンチカツが食べられなくなってしまうのではと、気遣うあまり、話を中断してしまったと言う訳だ。
これまで、ユウに訊かせてきたツバメやトンボが自然界で生き続けるための「食餌(しょくじ)」を、私は「現実」と表現したい。
その反面・・我々が日ごろ使っている「食事」という言葉や文字は何と表現するのが正しいのだろう?
その迷いの原因を考えるうちに「食事」の文字の裏側には、何やら隠されていることに気がついたのである。
それは、原形を留めた牛や豚肉の塊が冷蔵庫につるされた姿だった。
つまり、人類はこれらを束ねて「食文化」と表現するけれど、その実態はそのようなスマートなものではなく、とてつもなく野蛮なものかもしれない。
自給自足の人類が社会を構築するうちに、いつの間にか弱肉強食をカモフラージュするようになってしまったのだ。それが、そもそも人類の妄想だったのだ。
地球上で、より発展国と称される国ほど、その妄想のお陰で、人は楽しく食事が出来ていることを自覚しなくてはならない。
それが「いただきます」と手を合わせ「ごちそうさまと」感謝することに繋がるのだと私は思う。
私は信号待ちの車の中から、洋瓦が際立つレストランを見かけることが有る。
ガラス張りの向こう側では食事中のお客様は実にみんな、楽しそうである。
やっぱり地球上の生物は食べるために生きているのか、いいえ・・少なくとも人類は、生きるために食べているのだと思う。
だからこそ、生きているうちに何か一つでも、他の誰かの役に立つことをしたいものである。
―完―
この物語はフィクションであり、登場する人物名などは全て架空のものといたします。
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