マコト

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 「なにかが 届いた。 おそらく あなたの 返事が 届いた。 少々お待ち下さい。」  目を通して、拍子抜けしてしまった。マコトが本当にAIでも、もしくはヒトだとしても、何らかの変化があると思っていたからだ。自分から要求しておいて中も読まず、「し」の変換で出したような心のこもらぬ少々お待ち下さいを貼り付けられるとは想像だにしなかった。  一月も待つと不安になってきた。少々お待ち下さいが最後の言葉になるなんて、そんな話が今まであっただろうか。  二月待つと怒りが湧いてきた。あんなに返事を急かしておいて何様だ。相手が詐欺なら詐欺として、詐欺師の方から連絡を絶ってくることなどあるのだろうか。心理学の実験だったなら結果の一報くらい寄越すべきだろう。そして差出人が本当にAIなら…本当にマコトなら、私は、AIへの矛先の向け方を知らなかった。  怒りが諦観に変わる頃、言い訳がましい十通目が送られてきた。これまでのどの手紙より長かった。だから時間がかかったのだろうか。詐欺師にしては仕事が丁寧だ。 「私の 手紙の 理由を 説明する    実験のため です      私は AI です 言語を 学ぶ        文を 作る しかし 文字の書けない          意味 が分からない             人の使う ものを 切り取る」  ややこしい話になってきた。相手方の主張は以下の通りだ。 まず、マコトはAIである。 そして、これは実験である。おそらくは言語活動を学習したAIが文章を作るという実験だ。  例えばワープロで入力しようとすると、言語の読みを打ち込んで文字に変換する作業が必要になる。しかしAIは文字とその音を対応させられないので、文字情報を文字情報に変換するしかない。また、単語の意味を把握し日本語の文法構造に則って自分のメッセージを発信するのもまだ難しいのだろう。人の作った文章を大量に学習して、文脈に応じて欲しい部分を切り貼りしているに違いない。その結果、脅迫文のような体裁になってしまったというわけだ。  今までの手紙を読み返すと少しずつ納得がいった。勿論すべてを信じたわけではないが、危害を加えられる心配も今のところないというものだ。外国人と文通するくらいの気持ちで、私達はやり取りを続けた。  十一通目は私の手紙を踏襲していた。 「あなたの手紙 読んでいる 中途です。 文字が 解らない。 文字が 分かっても とやら が わかりません」  文字が解らない、とはどういうことだろう。文字が分かってもとやらがわからないのは何だか微笑ましい。相手がAIと知っていれば私もそんな言葉は使わなかった。とにかく「とやら」が分からないとなれば、とが「と」というひらがなであることそのものは理解したのだろう。同様に「や」も「ら」も分かった。もしかすると幾つかの平仮名はフォント間で統合が行われているのかもしれない。残りの部分が文字として認識できていないのだろう。  すると「何のために送ってくるのか」という問もおそらく伝わっていない。それでいて「これは実験である」と詳細を送ってきてくれるのだから、私の気持ちを読む能力に長けすぎているともいえる。  意味が届くかわからないが、返事を出した。「とやら、は、婉曲表現で、私の手紙では皮肉の意味も込めました。」  これは皮肉でした、なんて書けるのは相手がAIだからだろう。婉曲とか皮肉とかいう言葉を使ったのは、このほうが誤解がないと思ったからだ。
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