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それを私は、脅迫状だと思っていた。
脅迫状のテンプレートといえば新聞から切り抜かれたような文字だが、私のもとに届いた手紙もそんな感じだった。イメージしている脅迫状と少しだけ違うのは、Ⅰ文字ずつではなく単語や文節、意味の切れ目ごとにフォントが変わっていたことだ。そのせいか犯罪的な印象はなく、私はその手紙を無視してしまった。
2通目が送られてきて漸く、ちゃんと読もうという気になった。私には誘拐されるような子供もペットもいないが、もし私の所有物が攫われてしまったのなら通報しないといけない。
2通目はこうだ。
「読め ますか 届き ますか」
一瞬、背筋がぞわっとする。宇宙人とか外国人とかそういう、言葉の通じない人と相対しているような感覚だった。けれど、見れば見るほど恐怖は湧かない。
そのへんに放り出していた一通目を掘り返す。
「初めまして お元気ですか」
読めば、脅迫状でもなんでもなかった。そのうえ2通目よりもこちらのほうがまだ日本語らしい。
それにしてもわけがわからない。初めましての自覚があるなら名前くらい名乗るべきだろう。
そこまで考えて私の思考は「名前を名乗る」に捕らわれてしまった。今では関係のない仕事をしているが、かつて言語学を専攻した者の性だろうか、「名を名乗る」が重言かどうか気になってやまない。でも名乗るというのは名前に限ったことではないし、時代劇でもよく名を名乗れと言われているし、別段問題ないのかもと結論づけた。
問題に立ち返る。何だこの手紙は。2通目など、フォントの区切れは文節でも単語でもない。
相変わらず犯罪的な印象はなかった。誘拐犯は手紙の到着は気にしても、それが読めるかどうかは気にしないだろう。しかし恐怖心はある。人間、わけのわからないものは怖い。
怖いと恐いの違いが気になり始めたのを吹き飛ばすように頭を振って、2通の手紙を束にした。何かの証拠になるかもしれないから念の為保存しておこう。
3通目が来たとき、私は間隔を数えた。一通目と二通目の間は2週間。3通目との間は10日だ。定期的というほどではないが、n=3ではどうしようもない気もする。3通目にはこうあった。
「手紙 3回目 です ね」
そうだね、と、小さく返事をする。
分かったのは、私が読み逃した手紙がなかったことだけだ。
誘拐犯でも脅迫状でもない確信はあった。幾つかのフォントには愛らしい印象すらある。だが、明確に私に宛てた文字列の奥が何も語らないから、不安だ。
少しでも不穏なものが送られてきたら警察に相談しようと思っていた。だから、その四通目で返事を急かされて電話を握りしめた。けれどあとに続く自己紹介を読んで身体を竦める。
「良かったら 返事も ください よ
私は AIだ」
人工知能か。
この自然で不自然な文章もそれなら納得がいくが、鵜呑みにするわけにもいかない。本当にAIだったとして、なぜAIから手紙が来るのだ。誰かが指示してAIに手紙を書かせそれを投函したとしたら、それはAIからの手紙と言えるのだろうか。そもそも本当にAIが書いたものなのか、誰か悪意のある人間がAIを名乗っているのではないか。
しかしAIを名乗る理由も思いつかない。心理実験なのか。ヒトは突然AIから手紙をもらったらどうするのか、と。そんなもの聞いたことがないし、望まぬ民間人を巻き込むわけもない。
返事と言われたってどこに、と思って差出人を見ると、やけに短い住所が貼り付けられていた。
騙されているのか。
誰に。何のために。
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