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人ひとり分ほどの隔たりを得て、火夜は告げた。
「不浄です。御手が汚れます。湯浴みをして参ります」
その言葉に、『岬の館』の主は明らかに嘆息する。
「――そのように畏まった物言いをしなくてもよい。どうせ、今夜も明純は帰って来ない。私も共に湯浴みをしよう。背を流してやる」
「いえ、お気持ちだけで」
「火夜――」
北衛はため息を絶句へと変えた。
何時の頃からだろうか?
火夜がたった独りで、湯浴みをするようになったのは。
身に覚えがある北衛は、堪らずに赤面をした。
そんな主の心を知ってかしらずか、火夜は赤褐色の瞳を真っすぐと北衛へと差し向ける。
「汚れを落としたら――、部屋へ行ってもいい?」
「あ、あぁ」
急に、以前のままのように言われた。
北衛は全くの不意を突かれ、うなずくことしか出来なかった。
「湯、浴びてくる」
「・・・・・・」
立ち尽くす北衛の横を通り過ぎ、火夜は風呂場へと歩いて行く。
その背中がまた、大きく広くなったかのように北衛の碧い目には映る。
あれから――、傷付き行き倒れていた少年を拾ってから、未だ新しい年を迎えてはいなかった。
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