22人が本棚に入れています
本棚に追加
北衛の閨を訪う火夜は、必ず夜が明ける前に己の部屋へと引き揚げていく。
この館へと来たばかりの頃の火夜は、夜毎にうなされていた。
命辛がらに救けられた、あの夜の夢でもを見ているのだろうか。と北衛は思っていた。
――何を問うても、酷く怯えて震えるばかりだった。
見るにみかねた北衛が添い寝をして、ようやくに眠りへと就く有り様だった。
それが、そんな火夜が――。
北衛は乱れた夜着の襟元を直していて、我知らずの内に右の鎖骨に指を這わせた。
すぐさま止めさせたが、先ほど不意に火夜から口付けられた。
まるで火を点けられたかのように、感じられた。
ある夜を境に、火夜はまるで変わってしまった。と、北衛は思い出す。
その夜の火夜は、ただ夢にうなされているだけではなかった。
陸に打ち上げられた魚の如く、しきりに寝返りを打っていた。
体は酷く熱を帯び、水を求めているのは北衛の目にも明らかだった。
しかし、火夜は何故だか一向に、北衛が差し出す洋杯には口を付けようとはしなかった。
汗に濡れた黒み掛かった銀の髪を振り乱し、顔を背けるばかりだった。
意を決した北衛は自らの口に水を含ませ、火夜の半ば開いた口へと移し飲ませた。
刹那、火夜は驚いたように朱の色が強い目を見開いた。
――しかし、すぐに閉じた。
二度三度と北衛が繰り返すうちに、施される水を大人しく飲み下すようになった。
最初のコメントを投稿しよう!