最果ての岬の館

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最果ての岬の館

 すっかりと嗅ぎ慣れた生臭いにおいが、夜の山おろしに紛れ込んでいるのを火夜(かや)は感じ取った。 すぐ近くに広がる海の潮のものではない。 土が腐ったような臭いだった。  左の腰に差した剣は山刀の如き無骨さだったが、切っ先が槍状に鋭く研いである。 火夜に剣の(すべ)を教えた、明純(あすみ)の手ずからだった。  その明純が、唾を吐くように言ったものだった。 「竜の(すえ)だとばかりに。――全く以て忌いましい」 堕ちた竜の成れの果てだと伝えられている蜥蜴人(トカゲビト)の急所は、喉のちょうど真ん中、――唯一枚だけに張り付いている鱗だった。 その他のはどれもこれも、鍛えられた鋼の如き硬さでまるで刃は通らない。   明純曰く、竜の体は唯一枚の鱗を除いて堅牢堅固この上ない。 それ故に戦士の鎧から貴人の装飾品にまで、広く用いられている。  火夜も、厚手の服の下には竜麟を連ねた胴着を帯びている。 竜の腑分けの度に、売り買いにはならない鱗を取り置き集めたのを(つな)げたものだった。 こちらは、北衛(ほくえい)の手ずからだった。  蜥蜴人が元もと竜であったか否かなど、火夜にとってはどちらでもいいことだった。 ただ、北衛を護る――。 それが、青年と言うには未だ幼い彼が胴着を着込み柄を握る、唯一つの理由だった。
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