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「でもよくわからないわね。うちら派遣は今でもみっちり仕事抱えてるのに、一人減ったら残業が増えるだけでしょ。それでコスト削減になるわけ?」
「……どうなんでしょうね」
「社員さんはどう思ってるのかしら」
佐久間がぽつりとつぶやいたところで予鈴が鳴り、話はお開きになった。自分の席に戻っていく佐久間の背中を見ながら、雨宮は心の中だけで返事をする。
……社員の人は、どうも思ってないんじゃないかな。
ぼんやりと社内を見渡す。昼休みが終わるので外から戻ってくる社員が多い。いつもと同じ光景なのに、それがひどく遠いもののように感じる。
このまま終了の日まで変わらないんじゃないだろうか。まるで雨宮などいてもいなくても影響がないように。
……いや、まだ普通の社員は知らないか。
暗く落ち込みそうになるのをなんとか抑えて雨宮が席に戻ろうとすると、誰かにぶつかりそうになった。
「あ、すみま……」
謝る必要はなかった。
その男はぶつかりそうになったことにも気づかずに素通りして、雨宮の課の課長席に座った。四月の異動で東京本社からこの支社にやってきた、黒田芳範だ。
身長は百八十以上あるだろうか。とにかく背が高く、仕立てのいいスーツを着て、いつも前髪を整髪料できちんと上げている男前だ。今年三十二歳の若さで課長になって、しかも専務の娘と婚約しているというのだから絵に描いたようなエリートである。
社員と机を並べて仕事をしていると見えない壁というものを感じるが、この課長は壁どころじゃなく、雲の上の人だよなぁという感じがする。
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