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まだ席に戻っている社員はまばらだが、いないことはない。人目があるところで何を言うつもりだと黒田は警戒しているようだ。
「早いですね。昼ご飯、もう食べてこられたんですか?」
「いや……今日は食べてない。食欲がないんだ」
「え……」
席に座っている課長の顔色を思わずうかがう。
それって、俺のせい……。
「四月にこっちに来てから時々そうなるんだ。君のこととは関係ない」
雨宮の憂慮を察したように黒田がつけ加えた。
それを聞いてほっとしながらも、課長はほんとに真面目だなぁと思う。
食欲がないのは君のせいだと誤解させておけば、ちょっとは手加減もしたのに。
「でも、それだと午後、お腹空きません?」
「まあ……それなりに空くが、やりすごせるし、夕飯はしっかり食べているしな」
周りに社員がいるので下手に邪険にもできないのだろう。黒田は戸惑いながらも、ぽつぽつと雑談に応じてくれる。まだ周辺の店をあまり知らないので同じ店にばかり通っているという黒田の話に、雨宮はさりげなく便乗した。
「じゃあ、この近くにおいしいお店あるんで行きませんか? 今日」
黒田は瞬間、押し黙った。何を企んでいるんだと睨み上げてくる。
「……残業がある。三時間ぐらいするから今日は無理だ」
「でも七時から八時の間の三十分は、就業規則で夕飯の時間に設定されてますよね、ここの会社。その間は残業しても残業代つかないでしょう?」
「……仕事の途中で外に出るのは面倒なんだ」
「あー、わかります。でも課長がそういう働き方すると、部下が食べに行きづらくなるんじゃないですかね」
「……」
黒田は言葉に詰まり、逡巡している。
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