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「いやあの、相性ってものがありますから、うまくいかないのは相手のせいでも自分のせいでもないってことも」
「いい。私が悪いんだ。不能なのは婚約する前からだ。……専務から何度も話を持ちかけられたとはいえ、すべては断らなかった私の責任だ。相手を満足させられる当てもないのに婚約した、私が悪い」
黒田のまとう空気はどんどん重くなってきて、今や床が抜けそうである。
……そうやって、真面目すぎるのが不能の一因じゃないかなぁ。
そう思って、うつむいて黙りこくる課長の深い眉間を、つんと指で突いてみた。
「……ッ!」
弾かれたように椅子ごと体を引く黒田に、雨宮はにこっと笑う。
「あ、びっくりしました?」
「な、何をっ」
「いや、そんなに縦皺寄せてたら、固まりそうだったからほぐそうかと」
黒田は顔をみるみる真っ赤にした。
「き、き、君は、人の話を真面目に……」
「聞いてましたけど、一番の問題は、深刻に考えすぎてることかなぁって」
「……っ」
「もっと肩の力を抜けばいいのに」
一応自分でも自覚はあるのか、黒田は押し黙り、その後は二人で黙々と食事を続けた。
食事が終わると腰を落ち着けることなく、すぐに店を出た。生真面目な黒田はきっちり三十分で仕事に戻るようだった。
「あの、いいんですか。おごってもらって」
雨宮の方から誘ったのだ。おごってもらうつもりなどなかったのだが、黒田が伝票をいち早く取り、さっさと二人分払ってしまったのだ。
「こういう時は上司がおごるものだ」
声は淡々としているが、そんなことを言ってもらえるとは思わず、ちょっとどきっとする。
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