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嫌われてはいないはずだ。
いや、脅していたのにおごってくれるなんて、これはかなり好意的なんじゃないだろうか。
そもそも黒田のマゾ性は自分を求めているはずだという思い込みが根底にある雨宮は、前向きにとらえて俄然勢いづいた。
「あの、課長、今度また誘っても」
「駄目だ」
「……えっとあの、気が向いた時だけでいいですからまた」
「悪いが、もうこれきりにしてくれ」
ばっさりである。
無理やり関係を持った後の、揺ぎない交際の拒否。
常人ならこれで諦めるはずなのだが、前のめりになった雨宮の思考回路はやや普通ではなかった。
こうなったら実力行使だ。
雨宮は「わかりました」と頷いておいて、課長の隣を歩きながら機会をうかがい、細い路地を抜ける前に声をかけた。
「あ、課長、顔になんかついてます」
「……どこだ?」
ご飯粒でもついていると思ったのだろう。課長はとりあえず口元をぬぐう。実際には何もついていないのだが。
「そこじゃないです。ちょっとかがんでください」
怪訝そうにしながらも顔を寄せてくる課長にキスしようとして……あっさりかわされた。
「……何をしているんだ」
「……」
うわ、こういうの失敗するとかなり気まずい、と新たな発見をしている雨宮に、黒田の冷たい視線が注がれる。
「人を騙したり脅したり、君は本当にろくなことをしないな。なぜそんな卑怯なことばかりするんだ」
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