677人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
とっさに聞かれると割と難しい質問である。考えるもののいい答えが見つからず、ますます渋くなってくる課長の顔に気圧されるように、雨宮はそのまま答えた。
「課長が好きだからです」
「す……ッ」
途端、ゴキブリを見つけたみたいにのけぞられた。
でも、課長の顔がみるみる真っ赤になっていくのがゴキブリ発見時とは違うところ。
「何を……言って……あんなことをしておいて……っ」
「好きじゃなきゃ、あんなことしませんよ」
「……ッ!」
面白い人である。
さっきまでの鉄壁の守りはどこに行ったのか、分厚い防御の壁がぼろぼろと剥がれ落ちている。脅しよりも愛の告白の方が効くのだろうか。
黒田は雨宮を指差し、どもりながら声を上げた。
「だ、大体、君はゲイじゃないんだろっ」
「そうですね。バイです」
「なら、何も好きこのんで社会的に困難を伴う道を進む必要などない。女性より男の私を選ぶほどの理由が君にはあるのかっ」
「だって課長のこと好きなんだもん」
「…………ッ」
指差したまま絶句している。
何か言おうとしては口ごもり、それを何度も繰り返し、ようやく黒田は言葉を吐いた。
「い、いいか! 君もいい大人なんだ! そういう無責任なことを、簡単に言うんじゃない!」
「は」
「きょ、今日のところは聞かなかったことにする!」
何やら奇妙な捨て台詞を残して、黒田は踵を返して歩き始め……すぐに逃げるように走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!