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思い描いた流れの中に世間話的な部分は最初の触りしかなかったのだが、そんなことには気づかずに雨宮は意気込んだ。
「あの、さっきのこと」
まずはお礼を言おうとしたら、黒田はああ、と察したように頷いた。
「部屋によって温度が違いすぎるのはよろしくないな。薄着をしてきた人間が寒い思いをするのでは施策の意味がない」
……は? はい?
とっさについていけず笑顔のまま固まっていると、黒田は眉間に皺を寄せて続けた。
「さっき見たら十九度だった。個人の感性に任せるのでは問題がありそうだ」
……何ゆえにそんなクールビズ施策の問題提起みたいな話になりますか課長。
思い描いていた会話とは似ても似つかない流れに言葉が見つからないでいると、黒田は思案顔で顎に手を当てた。
「一度部議に話を出した方がいいな」
「い、いや、そこまで話を大きくしなくても。今回はもういいじゃないですか」
「……そうか?」
部議案を引っ込めてくれたのでひとまずほっとする。
再び歩き出した黒田の隣をキープしながら、雨宮はすかさず話題変更。
「それより、課長はネクタイ派なんですね」
クールビズで夏はネクタイをしなくていいので大半の社員はノータイだが、黒田はずっとネクタイをつけている。
「ああ……これ、暑くないんだ。通気性のいい素材を使っていて」
「好きなんですか、ネクタイ」
「好きというか……そうだな。ネクタイをすると気持ちが引き締まる気はするな」
ぽつぽつと黒田が自分のことを話してくれるのが嬉しくて、雨宮は自然と笑顔になる。
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