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近くの風俗店から背広姿の男が出てくる。その背の高い男は、あの黒田課長だった。
「……っ」
雨宮はとっさに看板の裏に隠れ、もう一度確かめる。やはり、どう見てもあのエリート課長である。
これって、チャンスか……?
雨宮は携帯を取り出し、カメラを起動させた。
風俗通いだけでも外聞は悪い上に、黒田は専務の娘と婚約している。決まった相手がある身で風俗通いというのは知られたくないネタに違いない。
これは何かに使える。
そうとっさに判断し、雨宮はごくりとつばを呑み込んだ。
どういうわけか黒田は、店から出てきた風俗嬢と従業員に頭を下げられ、足止めを食らっている。雨宮は今だとばかりにシャッターボタンを押した。
撮れた……。
しかし、この写真では黒田が店から出てきたかどうかはわからない。はっきり言って、なんの証拠にもなりそうにない写真だ。
だが、せっかくつかんだ弱味である。
さらなる情報で補強するために、黒田が店を離れたのを見計らい、雨宮は何食わぬ顔で従業員に近づいた。
「……なんだ、レインじゃないか」
かつての源氏名で呼ぶ男に、雨宮は久しぶり、と手を挙げた。この小さな繁華街では顔見知りも多かった。
「どうしたんだ。またこっちに戻ってきたのか?」
「まぁね。近々そうなりそう」
いいんじゃないかと笑う男に、雨宮も笑う。ああ自分はこんな簡単に、裏の顔に戻れるんだなと思いながら。
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