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「それよりどうしたの、さっきの客」
世間話のように聞くと、男は参ったよ、という顔をして声をひそめた。
「この辺をうろうろしてたから、俺が客引きしたんだ。風俗初めてって感じだったから楽勝だと思ったら、どうもインポを治すために来たらしくってさ……」
へぇ、と相づちを打ちながら、雨宮は片眉を跳ね上げていた。インポの客なら雨宮も数人相手をしたことがあるが、あのエリート課長がまさかインポとは。
「今日ベテランがいないんだよ。さっきの子にフェラさせたんだけどてんで駄目で……間が悪かったとしか言いようがねぇ」
……いいことを聞いた。
雨宮はその男に別れを告げると、早足で黒田を追いかけた。
細い雨が降る中、黒田に追いつきながら、雨宮は湧き上がるような高揚を覚えていた。
このネタが、どこまで使えるだろうか。
なんの証拠にもなりそうにない写真と、ソースを明らかにできない話。そもそも黒田に言っても、風俗店なんかに入っていないとシラを切られて終わりかもしれない。
……それでもよかった。
ただ一矢報いてやりたい。あの自分は関係ないという顔をしている課長を、一ミリでも巻き込んでやりたい。この雨宮夏樹が黙って捨てられるだけの人間でないことを、知るといい。
雨宮は最後に息を整え、斜め後ろから近づいた。
「お疲れ様です、黒田課長」
突然声をかけられ、黒田はワンテンポ遅れて振り返った。そして相手が自分の課の派遣社員だと気づき、ぎょっとした顔をする。普段あまり表情のない黒田にそんな顔をさせただけで、雨宮は秘かに胸がすく思いだった。
「あ……ああ」
「見ましたよ。さっき風俗店から出てくるとこ」
単刀直入に言うと、黒田は絶句した。とっさに否定する頭も働いていないらしい。
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