痛みの感じない異世界に行ったら、格闘技の才能が目覚めてフィーバーした件

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痛みの感じない異世界に行ったら、格闘技の才能が目覚めてフィーバーした件

 「かわいそうに」  ママの口癖はいつもこれ。私は未熟児で産まれちゃったみたいで、生きるか死ぬかの闘いだったんだけど、なんとか生き抜いた。でも、とんでもなく体が弱くて、いつもいつも病院通い。パパは元格闘技の選手、ママは元陸上競技日本代表選手、お兄ちゃんは現役バリバリ格闘技選手、お姉ちゃんは現役女子プロレスラー。こんなに強そうな家系なのに、こんなに弱い私って何?私は中学一年生。義務教育だから、何日休んでも許されるけど、高校からはそうはいかない。どうしたもんか。  私は体が弱いくせに、こんなにも強そうな家系に産まれたから、不思議と格闘技が大好きだ。お父さんの昔の試合や、お兄ちゃんとお姉ちゃんの試合の映像は目が腐るほど見てきた。それだけではもの足りず、格闘技のDVDをネットでレンタルしては学校を休んで見漁っていた。あ、学校を休んだっていうのはズル休みじゃないの。すぐに熱が出ちゃうから、本当の病欠。まあそんなわけで、妄想でなら色んな技が使える。私にかなう相手なんていないぐらい妄想の中の私は強い。 「またDVD観てるの?ちゃんと寝なさい」 お昼ご飯とお薬を持ってきてくれたお母さんが言う。 「だって観たいんだもん!」 そういう私を無視してお母さんはDVDプレーヤーの電源を切る。 「もお!お母さんのわからず屋!」 DVDプレーヤーの電源を切ると、ちょうどお昼のバラエティ番組がやっていた。バラエティ番組なんかより、格闘技の方が百万倍面白いのにな。もうテレビの電源切ろうかな。なんて考えていたその時。 ピロロロロン、ピロロロロン~♪ ニュース速報の音が鳴った。 「何かしらね?」 ママはそう言いかけると、急に涙をこぼした。 「えっ?」 私も思わずニュース速報を見る。 【不可能だと思われていた病弱な子供を救える新薬の開発に成功】 ママは慌ててチャンネルをバラエティ番組からニュース番組に切り替えた。 「只今のニュース速報について詳細が入って参りました」 ニュースキャスターの人がスタッフから原稿を渡されてそれを読み始める。 「病弱な子供を救える新薬の開発に成功とお伝えした先程のニュース速報の件についてですが、一粒五万円の薬を一年間服用しなければならないそうです」 「っ、約二千万も必要なのね」 ママは落胆した。もちろん私も落胆した。二人でわんわん泣いた。パパの昔稼いだお金でこの家を買ったから、もうお金なんて残ってないし、私の病院代にお兄ちゃんとお姉ちゃんの賞金を使っていたから、二千万円も出せるはずがない。ママは私の面倒を見るために、パートにすら出ていなかった。二人でわんわん泣いた後、私はお昼ご飯を食べて薬を飲んで寝ることにした。  その日の夜、みんなで食卓はニュース速報の話でもちきりだった。 「兄ちゃんがでっけぇ大会で優勝しまくって、二千万なんかすぐ稼いでやるからな!」 「お姉ちゃんも負けないわよ!お兄ちゃんより、お姉ちゃんの方が先に稼いじゃうかもね~♪」 「待て待て、パパだって平社員からいきなり社長になるかもしれんぞ」 「それはないない」 パパの言葉に全員で笑いながら否定した。それにしても、なんてみんな優しいんだろう。私は今日の時間は一生忘れないと思った。  次の日は土曜日で、ちょうど薬もなくなってきたし午前中に病院に行かなくてはならなかった。パパは本来土曜日休みのはずなんだけど、急に仕事が入ったとかで朝起きたらメモ書きがしてあった。お兄ちゃんとお姉ちゃんは休みが不定期だから、二人ともいなくて、ママの部屋に行った。 「ママー?起きたよ?」 ママはいつも早く起きて私が起きてくるのを待っているはずなのに、まだ寝ていた。具合でも悪いのかな?そう思い、ママを起こそうと思ったら、ママがうなされてこう言った。 「貧乏でごめんね、お金さえあれば助けてあげられるのにね」 ママは寝ながら泣いていた。私は胸が締め付けられた。起こすのはやめて、一人で病院に行ってみようと思った私は、ママのカバンから財布を取って、リビングに戻った。食パンを焼いて一枚食べて、準備をしてタクシーを呼んだ。 これがまさか異世界に飛び立つきっかけになるとは思わずに。  病院に行ってきますとメモ書きを残して、私はそーっと家を出て、家の前に止まっているタクシーに乗った。病院までは結構遠いのだ。 「○○病院までお願いします」 「わかりました」 変な運転手さんじゃなくて良かった。そう思いながらしばらく乗っていると、運転手さんが話しかけてきた。 「君、体どこか悪いの?」 うわ!めんどくさい運転手じゃん!最悪!と思いながら、無視するのも失礼かなと思って答えることにした。 「そうなんです。未熟児だったので、体が病弱で」 「そうなんだね、でもニュースで新薬が開発されたって見たよ」 「あれは治すのに約二千万円かかるんですよ」 そう言うと運転手さんは微笑んだ。何この人気持ち悪い、降りようかな、そう思った時だった。 「君の才能次第では、二千万円稼げる方法があるよ」 ん?何言ってるのこの人。やっぱり変な人なのかな。 「君、格闘技に興味ある?」 「あります!」 まさかの質問だったから、間髪入れずに答えてしまっていた。すると、運転手さんはまた微笑んだ。 「このタクシーはね、この現実世界じゃない、異世界に飛び立つことができるんだ」 「異世界?」 「そう、現実世界とは異なる空間だよ」 「例えばどんな世界ですか?」 私は不思議と話に食いついていた。すると、運転手さんはこう言った。 「僕のタクシーは、痛みの感じない異世界へ飛ばすことができるんだ。痛みだけじゃなく、病弱なんて言葉もない世界。みんなが平等な世界だよ。そして、そこでは格闘技大会が開催されていて勝てば賞金が貰えるんだ。どうだい?行ってみないかい?」 私は気付くと声を発していた。 「行ってみたいです!」 運転手さんは堪えきれずに笑っていた。私は真顔だった。きっと私のあまりの必死さが面白かったんだな。 「じゃあ説明するね。君が異世界に行っている間、現実世界の時間が進むことはないんだよ。だから、親御さんが心配することもない。そして、異世界に行ったら帰って来れないなんて思われがちだけど、それも違う。またタクシーに乗れば、現実世界に帰ってくることができるんだ」 「わかりました。ぜひ連れて行ってください」 こうして、私の異世界への道は開かれた。  タクシーの運転手さんは、急にギアを変えた。すると、今まで走っていた街並みが消えて景色が真っ暗になった。真っ暗になって数十秒。景色は見たこともない夜の街に変わっていた。 「着いたよ。ここが痛みの感じない異世界だ」 そう言って、運転手さんは私に急に殴りかかった。 あれ? 全然痛くない。 ほっぺたを抑えている私を見て運転手さんはお腹を抱えて笑った。 「だから言ったじゃないか、痛みを感じない世界だって」 本当だった。紛れもなく私は痛みの感じない異世界へと飛んできたのだ。すると運転手さんはタクシーから降りて、私の座っている後部座席のドアを開けてくれた。私は車から降りた。 「僕はね、タクシーの運転手でもあるけど、異世界へ連れてきた人が異世界にいる間は君のマネージャーとして働かないといけない決まりなんだ」 「マネージャー?色々世話する人ですか?」 「まあそんな感じかな、僕のことはKって呼んでくれ」 「わかりましたKさん!」 「さんはいらないよ」 「じゃあK!早速なんだけど、お金が稼げる格闘技大会っていうのが開催されている所に連れて行って」 「よし、行こうか」 私たちは歩き出した。私は少し歩くと息が切れるのに、なぜか全く息切れしない。しかもKはとても早歩きで、中学一年生の私には追い付くのに必死なペースだったのに。病弱なんて言葉もない世界って言ってたけど、それもどうやら本当みたいだ。 「着いたよ」 Kに追い付くのが必死だった私は、目の前の建物を見て、思わず息を飲む。アーティストがよくやるドームツアーとかで使うドーム並みの大きさだった。Kが中へと進むので、私も続いて中へと入る。 「わー!わー!わー!」 「いけー!」 「やってやれー!」 すごい盛り上がりだ。やっと各闘技場が視界に入る。格闘技場は、よくある噴水ぐらいの大きさの丸い台になっていた。 「ねえK」 「なんだい?」 「この格闘技のルールは何?」 「あの丸い台から落ちたら負けだよ。なんせ、痛みは感じないからダウンが取れないしね」 なるほど。Kは笑っていたけど、私は真面目に納得した。格闘技は次から次へと行われていた。私は色んな試合を見ながら、私の方がやれる。そう思う気持ちが強くなっていた。 すると、優勝者が決まったようで、ドームの中の盛り上がりは最高潮に達した。場内アナウンスが流れる。 「それでは、優勝賞金二千万円をお持ち帰りください。また現実世界で借金作ったらいつでも帰っておいでね~♪」 ドーム内でドっと笑いが起こる。でも私は笑えなかった。 優勝賞金二千万円! この大会で優勝すれば、現実世界の私の病気を治すことができる! 「K!私、この大会にでたい!」 興奮しながらKに話しかけた。 「待て待て、落ち着くんだ。よく見てごらん。もう次の大会が始まってるだろ?」 格闘技場を見ると、もう次の試合が始まっていた。 「この大会に休みなんてないんだ。そして、この大会に出たい人は腐るほどいる。さっきみたいに現実世界で借金を作った人がほとんどだけどね。言ってみればここは、大人の闇の世界ってわけ」 「大人の闇の世界に中学一年生が出たら盛り上がるだろうね」 「僕もこの世界長いけど、子供の出場者は見た事がないね」 「じゃあなんで連れてきたの?」 「君の家が格闘技一家っていうのは、街で有名だよ。そして、君がその格闘技一家でなぜか病弱なのもね」 「優勝賞金二千万円なのと、薬に二千万円かかるのも知ってたの?」 「もちろんさ」 Kは最初から確信犯だったんだ。初めから私を助けてくれようとしたんだ。Kは全然知らない人だけど、私は自分のためにも家族のためにもKのためにも、この大会で優勝してやると決めた。  まずは、この大会にエントリーすることが必要だった。エントリー資格はなし。男女年齢問わずに出場することができる。でもなにこれ、十五大会待ち!まあ仕方ない、みんな人生をやり直そうとして必死なんだ。そう思い、エントリーシートに記入した。受付のお姉さんはびっくりした顔をしていたけど、優しい顔でパンフレットを渡してくれた。パンフレットには大会のルールが書いてあった。大会はトーナメント形式。五連勝すれば優勝。どちらかが円形ステージから落ちたら勝敗が決まる。優勝賞金は二千万円。 「試合の研究でもする?」 Kが話しかけてきた。それはいいかもしれない。いくら私が格闘技に詳しくても、これはただの格闘技じゃないから。 「うん、そうする!」 私は元気よく返事をして、ドーム内の空いている席にKと座る。円形ステージから相手を落とすにはどうしたらいいのかな。相手も自分も痛みを感じない。それがいいのか悪いのか。相撲みたいにずりずり押して行くのかな?だとしたら、子供の私は力の差で負けてしまう。ん?でもKはこの世界ではなんでも平等だって言ってたような。 「この世界ではなんでも平等って、もしかして力の差もないの?」 「そうだよ、大人も子供も男も女も関係なく、ある決まった力で統一されているんだ」 「そうなんだ!」 試合を延々と見続ける。みんな素人だから、結構泥沼試合が多い。みんな無理やり引きずって下ろそうとするけど、それは無理な話だ。何かしら技をかけないと。 「痛みは感じないけど、骨は折れるの?」 私は無意識に聞いていた。 「上手く技を決めれば折ることは可能だよ。どうしてだい?」 「ちょっと聞いてみただけ」 そうこうしているうちに、あっという間に十五大会終了していた。私は作戦を練るのに夢中だったから、本当にあっという間だった。係の人に選手ルームに呼ばれて、選手ルームへとKと向かって、私は唖然とした。さっきまでの大会は、女の人も結構いたのに、今回の大会はガチムチの男の人ばっかりじゃん!え?私なにか間違えた? 「K、これちょっとやばくない?」 「すごいハズレを引いたようだね」 Kはまた笑い出す。Kの笑いのツボって浅くない?私がKに笑われて怒っていたら、Kは言った。 「大丈夫、この世界ではなんでも平等だ。君とあの人たちの力は平等。しかも君は小さいから、すばしっこいし、捕まえにくい」 「小さい方が有利な点もあるのね!」 Kから勇気を貰った。ありがとうK。痛みは感じないけど、殴られて血が出たりしていた人を結構見たので、顔にクリームを塗りたくっていたら、ついに私の番が来た。円形ステージに登る。観客はザワつく。 「あんなに小さい子が出るの?」 「勝てるわけないね」 そんな声がチラホラ聞こえる。でも、そんなことより、想定していなかったことが私の中で起こっていた。 緊張するんですけどおおおおお 芸能人でもアーティストでもないのに、ドーム内のセンターステージに立つと緊張するだろうなということをすっかり忘れていた。二千万円と戦略を練るので、頭がいっぱいすぎた。そんな私の緊張が伝わったのか、相手のガチムチのオッサンは勝ったなとでもいうような笑みを浮かべてこっちへ進んでくる。  そう、もうとっくに試合は始まっていた。私はせっかく練った作戦を使わずに、体の小ささを生かして逃げ回った。ドーム内は笑いに包まれる。 「これだから子供は」 「帰れよ」 「かーえーれ!かーえーれ!」 ドーム内が帰れコールに包まれる。私はやっとそこで我に返った。このままじゃ負ける!技を仕掛けなきゃ。私は家族の技を使うと決めていた。まずはお姉ちゃんのオリジナル技。 デスアタック! 決まった。私は妄想通りに動けて、相手の膝に向かって突進し、相手の膝の骨を折った。相手は痛みは感じないものの、二本足で立つことができなくなった。もうこちらのものだ。そのまま立っている方の足を掴み、オッサンを軽々と持ち上げ、場外へ放り投げた。 会場はどよめいた。 「す、すげえ!」 「なんだ、あの子!」 「私あの子応援しようかな」 「俺もだ!」 この大会では、優勝者を当てると賞金が出るシステムもあった。私のオッズは最初三百倍を超えていたけど、この試合が終わった時には、十倍を切っていた。まあ、そんなこと私にはどうでもいいのだけれど。 「K、やったよ!」 「すげーな!技を繰り出すなんて!」 Kも私も興奮しきっていた。Kは、私のような子供がプロ顔負けの動きをしたことへの驚き。私は、妄想通りの動きが出来た驚き。この調子ならいける!  二回戦、三回戦、四回戦と進むにつれて相手が強くなるのかな?と思いきや、そんなことも無く、同じ技のかけ方であっさり勝つことができた。私的に手応えはなかったけど、観客席はもうこれ以上盛り上がれないぐらい盛り上がっていた。 「おちびちゃん頑張れよ!」 「優勝しちまえ!」 さっきの帰れコールはなにさ!とちょっとイラッとしながら、四回戦を終えて、決勝戦までしばしの休憩タイムに入った。私は疲れも全く感じていなかったし、汗も流していなかった。異世界ってすごい。なんて思っていたら、Kが私に話しかけてきた。 「最後の相手には気を付けろ」 「なんで?」 「この大会で何度も優勝して、現実世界に返っては借金を作って帰ってくる、いわばこの大会荒らしのやつだ」 「なにそれ、やばいじゃん!」 私は少し焦った。何度も優勝してるってことは、勝ちパターンを知ってるってことか。一筋縄ではいかないな。作戦を練ろう。と考えていたら、もう決勝戦に呼ばれてしまった。 や ば い 私の頭の中はこの三文字で溢れ返っていた。でも自信を持つんだ私!私には格闘技最強の血と、運動神経抜群の血が混ざった最強人種なんだ!負けるわけがない!  決勝戦が始まった。どちらもピクリとも動かない。会場はシーンと静まり返った。私の視界には、相手しか目に入っていなかった。きっと相手もそうだ。私から仕掛けることにした。 デスアタック! 相手はひらりと交わした。うーん、そりゃあ四回も使ってたら交わされるよね。なんて思いながら考えていると、次は相手が動いてきた。私の顎を掴んで持ち上げそのまま場外へ落とそうとしたのだ。だが残念。そのパターンは、お兄ちゃんの試合でよく見てるから、私もひらりと交わした。私たちは敵であるのに微笑み合った。こうなったら、お父さんの技を使うしかないかな。 バーストボンバー! 私は体が軽いことを利用して相手の右肩によじ登り、肩を本来曲がらない方向に曲げて、肩の骨を折った。相手はあっという間の出来事で、しかも痛みが感じられないので何が起きているか分からず、混乱していた。その隙に左肩に移動して、左肩もポキッ。相手は両腕が使えなくなった。相手は冷や汗をかき始めた。しかし、足で私を何度も蹴り飛ばそうとしてくる。1回でも当たってしまえば、軽い私は吹っ飛んでしまう。私は必死に逃げた。このままだとやられる。ママ、最後に力を貸して!元陸上競技日本代表選手のお母さんの血が入った私は、きっと目にも止まらぬ速さで走れるはずだ。体が弱くて走ったことないけど、妄想では上手く走れてたし、きっと走れる!それに、お兄ちゃんのタックル技を決めればフィニッシュだ。私は逃げるのをやめて、相手の蹴りを交わしながら、相手に迷わず突っ込んでいった。 スタービーム! 私は相手に思いっきりタックル技を決めた。相手は踏みとどまろうとしたが、踏みとどまれずに吹っ飛んだ。場外。優勝だ。 「わー!わー!わー!」 会場がとんでもなく盛り上がる。 「お嬢ちゃん、おめでとう!」 「素晴らしい試合だったわ!」 「お嬢ちゃんのおかげで、俺もぼろ儲けだぜ!」 色んな声が飛び交うが、私はまだ優勝した実感がなかった。司会者が円形ステージに上がってきた。 「それでは、二千万円お持ち帰りください。病気しっかり治してね~♪」 私は二千万円入ったとんでもなく大きいケースを渡された。そこでやっと実感した。私は優勝できたんだ! 「K!やったよ!」 私は控え室のKの元へ行って、Kに飛びつく。Kは、頭を撫でてくれて、 「本当によくやったよ、素晴らしかった」 と言ってくれた。 「私、もう現実世界に帰ろうと思うの」 「君なら、この異世界でもっと稼ぐことができるよ。もっと居てもいいんだよ。現実世界の時間は進まない」 「うーうん、そうかもしれないけど、帰る。私は別に儲けたいわけじゃないから」 「そっか、君は本当に良い子だね」 「でも、この二千万どうやって貰ったことにしようかな」 「本当のことを話せばいいと思うよ」 「信じてもらえるかな?」 「君の想いが強ければ、きっと伝わるさ。じゃあ、帰ろうか」  私たちはタクシーの所までまた戻り、乗り込んで、暗闇を数十秒走り抜けて現実世界に戻ってきた。本当に現実世界の時間は進んでいなかった。私とKは、病院へと向かわずに家へと引き返した。Kは、この誰も信じてくれないであろう異世界体験を説明してくれると言うので、家へと上げることにした。 「ただいまー」 「ママ起きれなくてごめんね。あら、この方は?」 「タクシーの運転手さんだよ」 私とKは目を合わせて微笑む。ママは、何が起きたのか分からずにいるが、とりあえず上がってくださいと言い、Kにスリッパを出した。ママは私の持っている大きなケースに目をやって何が何だか分からないといった感じだった。テーブルにつくと、私は二千万円が入っていて、現実世界に帰ってきて急に重くなったケースを開けてみせた。ママは目を丸くする。 「私ね、異世界に行ってきたの。それで、格闘技大会で優勝して、二千万円貰ってきたよ。これで、治療が受けられる!」 「異世界?格闘技大会?どういうことなの?」 「お嬢さんの言っていることは本当ですよ」 Kが事細かに説明し始めた。自分が異世界へ通ずる運転免許証を持った者であること、私が二千万円必要なことを知っていたこと、痛みの感じない異世界へ私を連れていったこと、私が家族の技を駆使して格闘技大会で優勝したこと。すると、ママは信じてくれた。涙を流してくれた。 「頑張ったのね」 ママは私を抱きしめてくれた。私も緊張が解けて涙が止まらなかった。これで、治療が受けられる。 「では、私はこれで失礼します」 Kはそういうと、席を立った。私とママは、何度もありがとうを言い、Kのタクシーが見えなくなるまで見送った。  夜、家族みんなが帰ってきて、ママがみんなに私の異世界冒険を説明してくれた。みんな信じてくれないと思っていたけど、目の前に二千万円が本当にあるのだから、信じざるを得なかったようで、 「私の技を一番使ってくれたのね、ありがと」 「パパも役に立ったよな?な?」 「兄ちゃんのが決め手だろ?」 「ママも役に立ったのよね?」 誰が一番役に立ったか知りたかったようだ。正直、お姉ちゃんの技が一番使いやすかったけど、私はこう答えた。 「もちろん、みんなのおかげだよ!」 みんな少しガッカリしたようだったけど、一瞬沈黙が続いた後、みんな揃って言ってくれた。 「お前は本当に良い子だよ」  日曜日は、家族でパーティーをして、月曜日、いよいよ新薬を発明した病院へ向かうことになった。幸いにも同じ県だったので、タクシーで行くことができた。また異世界タクシーだったらどうしようと思ったけど、普通のタクシーで少しホッとした。ママと私は病院へ着くと、あの大きいケースを持っているので、少し緊張した面持ちで病院内を歩き始めた。順番が回って来て、私の番になった。私とママは、診察室へ入った。 一通り診察を終えた後、ママはお医者さんにたずねた。 「娘の病弱な体質は治りますか?」 「きっと、治りますよ」 「ありがとうございます」 ママは泣き崩れた。それから、毎日薬を飲み続けると、みるみる体調が良くなっていった。 七年後。 二十歳まで生きられないかもしれないと言われていた私が成人を迎えた。家族全員で写真屋さんに写真を撮りに行ったけど、みんな涙が止まらなくて、全員顔がぐちゃぐちゃの写真になった。成人式にも、もちろん行った。学校へ行けなかったから小さい頃は友達がいなかったけど、あの新薬を飲み始めて本当にぴったり一年で私の病弱な体質は治ったので、中学三年生からは学校へ毎日行けるようになった。遅れていた勉強も、必死で追い付いて、体育の授業ではみんなを驚かせ、友達は沢山できていった。それもこれもKのおかげだ。Kは今でもきっと困った人を異世界タクシーへ乗せているのだろう。  あなたもお金に困った時、タクシーに乗ってみてはどうですか?運が良ければ、異世界へと導いてくれるかも。
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