製本

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 卒業論文を作るために東日本印刷所に原稿を持っていった。  俺は大学の編集部だ。バイトとか就活とかいろいろあるのに、4年の連中は俺に押しつけやがった。これじゃバイトにも行けないよ!池沼の野郎!  池沼は4年の頭の悪い奴だ。  製本所の所長は殺し屋も兼任している。  この男に出会ったことが俺の人生を狂わせた。 「西本君だっけか?製本は英語でバウンドって言うんだ」 「ローマ字でどういう字ですか?」 「池沼が言ってたぞ?君ってアップルって英語すら書けないんだって?」  池沼は編集部部長だ。  3年は4年生の卒論の製本をするのがメインの仕事だ。4年生の発表をサポートしなければならない。 「日本人なんで」 「アップルくらいうちの孫でも書けるぞ?」  所長の孫は小学生らしい。女か男かは知らない。 「バウンドにはな?限界って意味もあるんだ」 「跳ぶって意味もありますよね?」 「うん、義務とか決心とかいろんな意味がある。限界を感じるのか?それとも飛躍するのか?それは人それぞれだ」 「所長って村木さんって言いますよね?もしかして偽名ですか?」 「どうして?」 「殺し屋が堂々と本名使うとは思えません」 「察しがいいな?」  冊子を俺に見せながら言った。 「殺し屋ってどうせジョークでしょ?忙しいんでそれじゃ」 「頑張ってな?」    卒論発表会は順調に終わった。  俺はそのせいでバイトをクビになった。コンビニで品出しの仕事をしていた。バックヤードからペットボトルなんかを補充しているとき、ここから池沼を撃ち殺せたら気分がいいだろうな?なんて考えていた。  コンビニはキャンパスの近くにあり、池沼もよく買いに来ていた。インテリな外見だが、エロ本をよく買う。 『沢村君、もう来なくていいから』  店長は豚みたいに太っている。  食い扶持探さないといけないな?  床をモップで磨いてるときに店長に言われた。  明日は3月10日、誕生日だ。21歳か、信じられないな?  俺は医者から15歳で死ぬって言われていた。  具体的なことは教えたくない。 「次は僕らの番だな?」  石井が言った。秀才でゼミ長だ。  俺たちはキャンパス近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。 「そうだね?」 「沢村、原稿を預けてもいいよね?」 「うん」 「東武駅まで送るよ?」  俺はまだ運転免許を持っていなかった。石井はアッシーとして使える。 「ありがとう」  東武大学から東武駅まで車で10分くらいだ。  俺は駅西口近くのアパートに住んでいる。  車で送って行ってもらったお礼に俺は石井に缶コーヒーを渡した。 「ボスか?甘いのはあんまり好きじゃないけどな?」 「ブラックがよかったか?」 「演技でもない。ブラック企業には入りたくない」 「くだらない」    アパートに戻り石井の原稿をチェックした。俺たちは『田村ゼミ』に所属していた。古今東西の怪談話を調べるのが任務だ。  石井は群馬県に出かけたらしい。ラブホテル跡にフランケンシュタインが現れるらしい。こんなもの卒論に出したら田村から叱られる。田村は矍鑠とした老人だ。  誤字や脱字はないようだ。  製本所に向かった。まだ肌寒いのでコートが必要だ。毛玉がついていたから手で取り除いた。ブラックコート、親父のおさがりだ。  自転車が誰かに盗まれてしまった。だから、石井に送ってもらっていた。  東武駅近くの駐輪場に止めておいたら誰かが持って行った。  そこは金を払ったりする必要がない。東武市ってのは悪い奴が棲んでいるようだ。仕方なく製本所までウォーキングすることにした。イヤホンからは修二と彰の『青春アミーゴ』が流れている。最近、ウォークマンを電気屋で買った。  製本所の木戸をノックした。いつも思うがボロい家だ。蜘蛛の巣が張ってる。チャイムもねぇのか?この家は。  ギィィィとドアが開いて、天狗みたいに鼻の長い村木が顔を覗かせた。 「おや?沢村君」  殺し屋にしちゃあ簡素な家に住んでいる。 「原稿を持ってきました」 「どんな感じなの?」  ソファにゆったり腰かけ、村木が原稿を読んだ。 「フランケンシュタインねぇ?ハハハハッ!不倫された女がフランケンシュタインに化けて男を次々に殺す、面白い。卒論というより、これじゃあマンガじゃないか?」  俺はバイトをクビになった話をした。 「殺しちゃえばいいじゃない?」 「ここで雇ってもらうわけには?」 「必要ない」 「このままじゃアパートを追い出される」 「田舎に帰れよ?」 「博多ですよ?通えませんよ」 「大学やめればいいじゃない?それにしちゃあ、訛りがないね?」 「馬鹿にされて矯正したんです」 「これやるよ?」  村木は棚の中から茶色の小瓶を出した。いかにも怪しい。 「青酸カリだ、こいつを店長に飲ませて殺しちまえばいい」  店長よりも池沼を殺してやりたい。卒業してしまったらなかなか会うことが出来ない。 「もらえるんですか?」 「ただじゃやらん」 「何をすればいいです?」 「これからある人間を始末しに行く」 「誰を殺しに行くんですか?」 「阿部って元殺人鬼だ」 「どこに住んでるんです?」 「京都」 「春休みになるし?行けないことはないですよ」 「思い立ったが吉日だ」   
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