フェデルとアーク

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フェデルとアーク

ウェーデルネは何もない小さな国だ。ただ政治的な要所や争いの種になる資源が全く何もないだけで、国民が農作や畜産を営み、慎ましく穏やかに暮らしていける自然豊かな土壌には恵まれた国である。 うさぎが腹ばいになった姿を横から眺めた形をした大陸の、ちょうど伸ばした手の付け根あたりに位置している。周囲は山に囲まれて、海を見ることなく一生を終える国民も珍しくない。 それなら、とアークは思う。こいつの瞳を見るたびに、紺碧の海そっくりな色をしていると考えてしまうのは、俺の他にはそういないのかもしれないな。 彼の瞳を見ると、故郷の海を思い出す。それがアークにとってはささやかな喜びだった。 「それにしても起きないな、こいつ」 目の前で眠っている男はウェーデルネの第3皇子にして、この周辺一帯を治める領主である。そしてアークが付き従う主人でもある。 領地の巡視と題し、馬を駆ってやってきた森の中。美しい湖畔があるとしばしの休憩と相成った。 たわいもない会話をしていたが、うとうとし始めた主人を半ば強引に、自分の身体に寄りかからせて眠らせた。 近頃、政務に追われてよく休めていないのは認識していたが、ここまで疲れていたとは。 アークはすやすやと寝息をたてる主人をそっと見つめる。 大きくなったな、と思う。 大の男を相手にこう思うのは筋違いかもしれぬが、幼い頃からその成長を間近で見ているアークはしばしば思ってしまうのだった。 自分とは正反対の容姿である。 線が細くて、手も足もすらりと長い。髪は紺碧の瞳が引き立つような金茶色で、さらさらと目元に流れている。 年頃の令嬢たちが放っておかない容姿端麗ぶりだ。 一般的に美形揃いのエルフという種族の自分よりもエルフのような姿をしていて、まるで人間ではないようだ。 がっしりとした体躯で、無骨な漆黒の髪と瞳が小さな頃から嫌いだったアークにとって、主人の姿は理想だった。 そしてその気質も、穏やかで聡明で懐が深く、内面の美しさが外面に溢れ出ているようだ。 初めて会った時は、この眩しさが心底嫌だった。自身よりエルフらしいこの人間に、目を合わせたあの瞬間、憎悪したのだ。 あれはもう10年も前のはなし。
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