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こみ上げてきた感情が、怒りなのか嫉妬なのかそれとも別の何かだったのかエルフの少年には分からなかった。
頭が真っ白になって、衝動的に皇子と名乗った少年の手を振り払ってそのまま突き飛ばすと、馬乗りになって首に手を掛けた。
手が震え、息が乱れる。人間の少年は怯える様子も見せず、真っ直ぐに彼を見上げている。
いったい何なのだこいつは。
容姿にも血筋にも恵まれて、今まで不幸など背負ったこともないくせに。
生きているだけで同族に疎まれ、蔑まれ、憎まれ、ここで隠れるように生きるしかなかった俺の何が分かるというのか。
世界の綺麗な部分しか見えてない皇子様に、情けをかけてもらうほど俺は落ちぶれてなんかいない。
「手が震えている…君は優しいね」
首元にかかったエルフの腕を、フェデルの小さな手が握る。
ざらっと砂の感触がする。
「うるさい…俺の何が分かる」
「私は憐みで言ったのではないよ」
「は!憐みや情けでなければなんだ!?」
フェデルの胸ぐらを掴んで、力任せに上半身を揺さぶる。金茶色の髪から浜辺の砂がパラパラと落ちた。
ぐいと肌白い顔を自分の顔に近づけた。なおも真っ直ぐ見つめる紺碧の瞳が憎らしい。
「お前のようなやつが憎い」
息がかかるほどの距離で、互いの視線が交錯した。
「私は、君の生き方をかわいそうとは思わない、ただ」
フェデルは淡々と、しかし諭すように言った。
「そういう考えを持つ君を、かわいそうだと思う。その思考が君の世界を不幸にしている」
「そんな…こと」
「君が私に力を貸してくれるなら、私は君に世界の美しさを教えてあげる」
「世界の…美しさ?」
エルフの少年の瞳が揺れる。
フェデルの言ったことにはまだ得心はいかなかった。己の思考が己を不幸にするなどと、考えたこともなかったからだ。
自分はこの不幸な世界を、不幸な人生を生きるしかないと思っていた。
「交換条件、どうだろう?」
嘘偽りの欠片も見えない、真摯な瞳がそう最後に問いかけた。
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