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終章 影となった男
蝋燭が親指の爪ほどに短くなってきた。ブランウェルは姉妹と父親に付き添われてベッドに横たわりながら、アンの持つ蝋燭が燃え尽きるよりも早く死が来てくれればいいのだが、と考えた。三十年と少しの生涯は、自分にとっては長すぎた。あの絵を描いた頃には、何十年寿命があっても足りない気がしていたのだけれど。
不意に、十四年前のエミリの言葉が思い出された。あの絵はずっと残る。妹の「予言」が何を意味しているのかを、今、ブランウェルは悟った。ベッドの横にいる姉と妹たち、特に妹二人には、まだ分からないだろうが、いずれ知るときが来るだろう。
ブランウェルは口をわずかに動かした。シャーロットがそれに気付き、そっとベッドの傍へと寄った。ブランウェルは言葉を繰り返した。
「僕は、これまで生きてきた中で、良いことも、偉大なことも、なにひとつしなかった」
シャーロットは固く唇を引き締めて、死んでいく弟の顔を見守った。
けれども、自分なりの償いはしたつもりだ。ブランウェルはそう続けようとしたが、これ以上言葉を紡ぐだけの力はなかった。ささやかなことかもしれないが、あれが自分に出来た、ただひとつのことだったのだと。
一八四八年、九月二十四日の午前九時頃、パトリック・ブランウェル・ブロンテは肺結核により息を引き取った。アルコール中毒による振戦譫妄症が、結核を致死的なものとした。四日後に葬儀が執り行われた。ひどい嵐の日で、氷点近くまで冷え込んだ。エミリは裸足で墓地まで歩き、兄に最後の別れを告げた。
一九一四年、シャーロットの死後夫が迎えた二番目の妻が、家の戸棚から、折り畳まれた一枚の絵を見つけた。
その絵には、既にこの世を去ったブロンテ姉妹の姿が描かれており、これが姉妹の揃っている唯一の肖像画であった。絵の真ん中、シャーロットとエミリの間には、一本の柱が描かれていた。絵具の色褪せた柱の後ろからは、ひとりの男の姿が、影のように浮かび上がっていた。
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