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序 ある影の死
蝋燭の炎の揺らめきが、瞼の裏にまで忍び寄ってきた。ブランウェルはわずかに目を開けた。誰かが燭台を手に持ち、ベッドの脇でこちらの顔を覗きこんでいる。それが誰か、はっきりとは分からなかった。姉かもしれないし、妹かもしれない。
「眩しいんだ」ブランウェルはそう言おうとしたが、乾いた唇がくっついてうまく動かなかった。
彼の言わんとしていることが分かったのか、ベッド脇の人物はゆっくりと退いた。ブランウェルの周りは再び、なだめるような柔らかい闇に包まれた。
低い呟き声が耳に入ってきた。その声の主が誰なのか、ブランウェルには見なくとも分かっていた。父親だ。ベッドの脇に跪いて、神に祈っているのだろう。その祈りで、息子が今までにしたことが全て許されると、この哀れな父親は本気で信じているのだろうか。少なくとも、ブランウェルには信じきることは出来なかった。許されたくないのではない。ただ、この父親の敬虔な祈りを以てしても、自分が救われるのかどうか、どうしても確信が持てなかった。
どちらだっていい。ブランウェルは目を閉じた。どのみち、朝が来る頃には、自分の魂はこの牧師館にはないだろう。その後のことは、ブランウェルにはどうしようもない。
再びブランウェルが目を開けたとき、さっきよりもはっきりと物が見えた。蝋燭の光に透けて赤く浮かび上がる天蓋のカーテンも、その向こう、ベッドから一歩下がって、寄り添うように立っている三つの人影も。
小さい蝋燭立てを持ち、もう片方の腕で自分を抱くようにしているアン。ひときわ背の低い、しかし背筋の伸びた、あれはシャーロットに違いない。それから、彼女の肩に頭を寄せるようにしているのは、エミリ。
ブランウェルは力の入らない唇を精いっぱい動かして、笑みを作ろうとした。それはいつか彼が描いた、このベッドに忍び寄る死神への勝利の宣言だった。自分は今日、死ぬだろう。けれども、彼の姉と妹がここで育ち、ここにいる、その事実によって、彼の名はささやかながら語り継がれるはずだ。
ブロンテ姉妹の兄、そして弟として。
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