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手刀で気絶させた御神の身体を神埜は危なげなく支えると、ゆっくりと地面に寝かせる。
「御神くん、ごめんね……」
心の底から申し訳なさそうに告げてから、神埜はすぐに頭を切り替え、時間がないとばかりに神崎の容態を確認する。
「……神崎」
いや、確認するまでもない。
しばらく後方支援として、未成年退鬼師たちの傷の手当をしてきた神埜にはわかってしまう。
手遅れだ、この傷ではもう、鬼破隊の最新医療技術をもってしても、助からない。
その時、神崎の影からずるりと黒い人影が現れる。
「神堂、先輩」
「……このままだと、お前は助からない」
黒い影の悲しげな赤い瞳が、神崎を見下ろした。
「だから選べ、神崎」
淡々と抑揚のない口調で影が問う。
「このまま人として死ぬか、……人でなくなったとしても生きたいか」
「神堂先輩、それは……」
顔色を曇らせる神埜に、黒い影は静かに言葉を紡ぐ。
「前者を選ぶなら、俺はこのままお前を看取ろう。……だが、おまえが後者を選ぶというのなら、俺がおまえを必ず生かしてやる」
「俺、は……――」
神崎の唇が動いて、音にならない言葉を紡ぐ。
こうなることはわかっていた。
だから、神埜はここに来た。
今回の御神救出作戦が開始される直前、神埜は神崎とある約束を交わしていた。
「なぁ、神埜ちゃん。頼みがあるんだけど」
「なに?」
「んー……もし、万が一、の話なんだけどさ……」
珍しく歯切れの悪い神崎に、神埜は訝し気に眉根を寄せる。
「俺が御神を正気に戻せて、その後…………もし俺が、――」
彼の想定したもしもが、現実になるとは信じたくなかった。
現実にならないことを祈っていた。
だけど、この世界は甘くないということを神埜は嫌というほど知っている。
知っているからここに来た。
後方支援としてではなく、ただの神埜として、神崎のかつての同じ班員の退鬼師として、ここに来た。
彼の願いを叶えるために。
「……二人で、行くのね」
神埜の言葉に、神崎が唇の端を小さく釣り上げて笑う。
――俺を、動けるように、してくれ
***
「あんたの身体は、もうとっくに限界を超えてる。だから、もって十分。それ以上は、たぶん……」
視線を落とした神埜は、言いかけた言葉をつぐんだ。
投薬で無理やり身体の感覚を麻痺させているだけで、実際怪我が治癒したわけではない。
「――わかってる。俺は、死なない。この傷が元で、死ぬわけにはいかないからな」
自分に言い聞かせるように呟きながら神埜の肩を叩いた神崎は、神埜を支えにゆっくりと立ち上がる。
「……神埜ちゃん、ありがとう」
ポツリと呟かれた神崎の素直な感謝の言葉に、神埜は溢れそうになる涙を、奥歯を強く噛み締めることで堪える。
「……私、あんたと同じ班だったこと、今でも、良かったって思ってる」
鼻をすすり涙声になってしまった言葉に、俺もだよ、と真面目な声が返ってくる。
時間が惜しい、時間が足りない、お互い別れの時間が迫っていた。
どちらからともなく、最後に互いをまっすぐに見つめあう。
「またね、神崎。……神堂先輩、神崎をよろしくお願いします」
神埜は御神を背負うと、出口へ向かって歩き出す。
「あぁ……またな、神埜ちゃん」
小さく笑って神崎は、出口とは反対方向に歩き出す。
黒い影も、神崎の影の中へと沈んで消える。
神崎はもう、振り返らない。
神埜も、振り返らない。
互いに背を向け、二人は前を見据えて歩みを進める。
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