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***
「御神! 神埜先輩!」
崩壊が進む敵地から脱出した神埜たちを待ち構えていたのは、神月と八神だった。
「うわっ、すっげぇ出血じゃん!」
神埜から御神を預かり、彼の服を見て血相を変える八神に、神月がすぐさま指示を出す。
「早く止血剤!」
「いいえ、先に離脱を。今すぐここを離れるわよ」
言うや否や、神埜は懐から黒い折り紙を取り出し、すばやく折りたたむと呼気とともに空へ放ち【色紙・鴉】を召喚する。
そこで神月が、ふと辺りを見渡す。
「あの……あいつ、は?」
あいつ、とはもちろん神崎のことだろう。
「……別ルートで脱出した。あとで合流するから安心して」
我ながら下手な嘘だ、と神埜は唇をかみしめる。
それでも今は、いつものように振る舞える心の余裕がない。
「神埜先輩……それ、本当ですか?」
案の定、疑うような神月の声音に、神埜は顔を背ける。
聡い彼にはすぐバレるだろう、だから今は離脱することに専念する。
追及する神月の声は聞こえていたが、彼の言葉を神埜は無視した。
八神が御神を鴉の背中へ乗せ、眉間にしわを寄せた神月も続いて乗り込む。
「……これだけ教えてくれませんか」
沈黙する神埜に、神月がポツリと問いかけた。
「御神のため? それとも、あいつのため?」
何の話?と呟く八神を無視して、神月は前を見据える神埜の後頭部を見つめる。
無言を貫こうと思った神埜だが、神月の強い視線に耐え切れず、長い沈黙の後、小さく返した。
「……誰のためでもないわ。ただの……自己満足よ」
***
本部に帰還し、意識を取り戻した御神は事後報告を聞いて取り乱した。
取り乱し、怒り、悲しみ、嘆いた。
当然そうなるだろう、と神埜から様子を聞いた神月は思った。
気持ちは痛いほどわかる。
神月も兄を亡くした時は、同じ気持ちだった。
そんな御神を一人にしておきたくなくて、神月は御神の部屋へ足を運んだ。
「御神、いる……?」
ノックをしてそっと呼びかけると、想定していたよりは落ち着いた声音が、どうぞ、と中から返ってきた。
ドアを開けて神月は中を覗き込む。
「御神、あのさ……」
言いかけた神月は、御神の顔を見て口を閉ざす。
ベッドに腰かけていた御神は、神月が今まで見たことがないような顔をしていた。
憔悴している横顔は、悲壮に満ちてはいない。
神月が見てもはっきりわかるほど、なにか覚悟を決めた顔をしていた。
御神は、狗の形に折られた赤い色紙を手にしながら、困ったように笑った。
「まったく……なんて勝手な人なんだ」
決意を秘めた眼差しで御神は、ただじっと前を見据えて呟くと、傍に佇む神月へそっと一通の手紙を差し出す。
「……これは?」
「神崎さんからの、手紙です。部屋の引き出しに、この【色紙】と一緒に入っていました」
神崎が残した【色紙】と一通の手紙。
神崎は、残された者の痛みを知っている人だ。
そんな彼が、あえて御神に残したモノとは。
神月は、その紙を慎重に開いた。
そこには、見慣れた筆跡で、短い言葉が綴ってあった。
――御神へ。
俺にはまだ、やらなければならないことがある。
もしまた巡り合えるなら、あの場所で。
神崎
神月は、弾かれたように御神を見つめる。
それは、未来の約束。
いつ訪れるのかわからない、まだ見ぬいつかの未来、不確定の約束。
御神は、やはりただ真っすぐに前を見つめていた。
対面にある主のいないベッドを。
***
結局、その後神崎の姿はどこにも確認されていない。
敵地の崩壊が激しく、遺体があったとしても回収が不可能だったというのが現状だ。
あの状況で生きているとは思えないが、遺体が発見されていない以上、断定もできず、万が一の可能性がなくもない。
生死不明の行方不明、まるで兄を亡くしたあの数年前の再現のようだ。
そこへ、御神宛のあの手紙だ。
未来の約束、それは、今すぐ確認できないもの、その日が訪れなければ真実かどうかすら確認できないもの。
なんてものを残してくれたんだ、と神月は思う。
「……悪魔の証明、か」
「なんだそれ?」
思わず呟いた神月の言葉を、耳聡く八神が聞きつける。
めんどくさいな、と思いながらも神月は言葉の意味をかみ砕いて説明する。
「存在証明は簡単だけど、存在していないことの証明は難しい、ってこと」
「えっと……つまり……?」
きょとんと首をかしげる八神に、神月はハァとため息をつく。
これ以上、説明する気はない。
ただ思うことは一つ。
「ほんっと……ひどいことするよな……」
<END>
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