画面越しの彼女

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画面越しの彼女

・・・ 「あれ?聞こえない。壊れた??」 彼女は俺からヘッドフォンを奪い取ると、左足をひょこひょこさせて早足に去ろうとする。 「ねぇ待ってよ!」 …。 「ねぇっ!」 呼び止めてもムダだから追いかけて、もうすぐ追いつきそうなその時。 バァーーーン!!!!!!!!!!! 大きな爆発音。 俺はびっくりしてその場にしゃがみ込んだのに、彼女はそのまま進んでく。 あれだけの、音がして、驚きもせず。 やっとすべてを理解した気がして、全速で走って彼女の腕を掴む。 「ねぇ…。もしかして…。」 │ ×××××××ミュート×××××××× │ 最初のころはコメント欄。 内容はイラストの感想とそのお礼。 だんだんと言葉遣いが崩れてくる。 ボケとツッコミみたいなノリも生まれてきて。 コメント欄からDMのやり取りになって、イラストの感想から日々のくだらない話になるまでそう時間はかからなかった。 マンガが好き。アニメは嫌い。 海外ドラマが好き。日本のドラマは苦手。 映画も洋画が好き。 ゲームはRPGが好き。 海が好き。山は嫌い。 冬が好き。夏は嫌い。 'おはよう! ”雨だねぇ、めんどくさい。 ’今日は疲れたなぁ。 ”明日はすごく緊張する仕事なんだ。 ’いいお仕事の話が来たよ。 ”姪っ子がかわいいの(๑´>᎑<)~♡ '思いきっていいステレオ買っちゃったv(´▽`*) ”唐揚げ作ったらやけどした(¯―¯٥) だんだん顔文字までついちゃって。 メッセージのところに光る小さな粒にドキドキしちゃって。 会話を終えて暗転した画面に映る自分は、近年稀なほど朗らかな顔をしていて滑稽だ。 彼女とのなんでもない会話のやりとりが心地いい。 俺は彼女を知ってるけど、彼女は俺を知らない。 それが、より一層心地いい。 俺を面前にして構えたり繕ったりされるのは、ほとほとうんざりなんだから。 待てよ。 ほんとにそうか? 俺は彼女を知ってるんだろうか。 あの小料理屋でたまに彼女に会うけれど、いつも大きなヘッドフォンをつけて一心不乱に左手を動かして、誰も寄せ付けない雰囲気を漂わせてる。 俺がいつも話してる、楽しくてちょっと天然なあの子とは別人だ。 もしかしたら俺も、彼女のことを知らないのかもしれない。 ・・・ 《かなうちゃん、今日はお願いしたいことがあります。僕は音楽の仕事をやっています。今度を出す作品のジャケットをかなうちゃんにお願いすることはできますか?》 夜の時間帯ならいつもすぐ来る返信が来ない。 メッセージは見てるのに。 俺が誰だとか、なんの仕事をしてるとか、そういう話をかなうちゃんは聞いてこなかったから、話したことはなかった。 そうしていつもの俺として構える必要がないからこそ今まで楽しかったんだけど。 知らないでいてほしいと思う俺と、もっと知ってほしいと思う俺は毎日死闘を繰り広げてる。 次の日の夜中になってやっと返信が来た。 〈もしかして有名な人なんですか?どんな絵を描けばいいのかわからないので歌詞と、動画を送ってください。描けそうだったらやってみます〉 《ありがとう。次に出す音楽の動画だから誰にも見せないでね》 既読になるのに返事はなくて、今度は何日も間が開いて、俺が想像していた以上のクオリティの鉛筆書きの下絵の画像と共にメッセージが送られてきた。 〈こんな感じで進めようと思います。出来上がったらご連絡します。〉 なんだか急によそよそしい。 《できれば、かなうちゃんと直接お話しがしたいです。この絵のことだけじゃなくて。僕の好きな小料理屋があるんだけど今度そこで会えませんか。場所は……》 既読。 でも返事はずっと来ない。 ・・・ 'おはよう! '虹が出てるよ '送ったデモの曲のレコーディングが終わったよ 'たまご割ったら黄身が二つはいってたよ かなうちゃんとのなんでもない会話のやり取りは、ただの俺の独り言になった。 ・・・ 「…拒否られると思ってなかったっす。」 いつもの小料理屋。 メソメソしてる俺の様子を見て、今日はあんかけうどんが出てきた。 頑張って咀嚼しなくても入ってきて温まるやつ。 「あの子に興味持つとはねぇ…。」 「最近…彼女来てますか?」 「来てるよ。狂気の沙汰かって勢いでずっとイラスト描いてる。」 「ああぁー…」 チリリリリン… 入り口のドアが開く。 すぐには入らず中の様子をぐるりと見渡す、大きなヘッドフォン。 カウンターの脇に座る俺を見て驚いた顔をすると、勢いよくドアを閉めて出ていってしまった。 「あ!待って!」 立ち上がって、ほんの少し違和感を感じる。 「ねぇ、今、なんか外おかしくなかった?」 「ですよね?異常に騒がしいっていうか…何だろう?俺行ってきます!」 「冷めちゃうよー伸びちゃうよー」 ドップラー効果で背中越しに音程が下がる店長の声。 外に出ると、かなうちゃんはもう国道の横断歩道を渡りきって道の反対側。 眠りについてるオフィス街の方向に向かって早足に歩いてる。 いつもの大きなヘッドフォンをして、首に巻かれた千鳥格子のストールに埋まってずんずん歩いてく。 さっき異様さを感じた騒がしさはかなうちゃんが向かう先の交差点だ。 離れてください! 迂回してください! 警官がメガホンで誘導してる。 何も見えないけど、消防車と救急車のサイレンも聞こえてるから、あの近くで火事か、事故か、何かあったのか。 かなうちゃんはずんずん歩きながら、人の波がやたらと自分に向かっていることに怪訝そうな顔をするけど、お構いなしに交差点へ向かっていく。 ヘッドフォンとストールに埋まってるせいで全然気づいてないみたいだ。 あぶないじゃないか。 このままあの交差点に向かっていったら。 横断歩道までまわるのももどかしく、車両用の信号が赤になるのを見計らって、俺は全速力で国道を渡った。
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