彼女の世界の言葉

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彼女の世界の言葉

ずっと いっしょ ぼく きみ すき 一番初めに覚えたかなうちゃんの世界の言葉。 口を大きく開けてゆっくり話せば、かなうちゃんは俺の言ってることをわかってくれる。 でもやっぱりかなうちゃんの世界の言葉で通じ合いたいから、少しずつ、ネットとかで調べて覚えてる。 動きと言葉が連動してるのもあるけど、そこそこ難しい。 すごい脳トレ。 楽しい。 “すき” と “~したい” が同じってのは、ちょっと納得できない。 かなうちゃんの好きなところはいっぱいある。 日常生活で感じたことを表現する文章がとても素敵なこと ・一生懸命、ものづくりしてること ・一生懸命、ものづくりしてる俺を、わかってくれること ・表情が豊かで嘘がないところ。 かなうちゃんにイラストをお願いして、レコーディングもずいぶん時間をかけて、特典やオーディオコメンタリーで遊び倒した作品がやっと完成した。 お礼とお祝いで何でも美味しいもの食べにいこうって言ったのに、俺お金はそこそこもってるよっていうのも言ったのに、かなうちゃんのリクエストはあの小料理屋。 記念すべき日のデートで使うような店ではないけど、入り口に“準備中”の札を下げてもらって、ふたりきりの店内で美味しい料理をわけあいながら、音はなく静かに、だけどたくさんおしゃべりして、かなうちゃんの耳にゆらめくイヤリングを眺めながら過ごす時間は最高の宝物だ。 かなうちゃんはスーパーで朝ごはんの材料を、俺はコンビニに寄ってアイスと秘密の買い物をして別々に帰る。 かなうちゃんの家のバスルームは狭くて一緒はどうしても無理だから、ここも別々。 ソファにならんで座ってアイスを食べるところからはふたり一緒。 「かなうちゃん、新しい手話、覚えたよ」 “手話”はいう手話は人差し指をくるくるってする。 ね。 分かりやすいでしょ。 かなうちゃんは嬉しそうに“なぁに?”って顔をする。 右手を影絵のキツネみたいにする。 “き?”無音のかなうちゃんが首をかしげる。 うん。ちゃんと通じてる。 指文字の“き”は、きつねの“き”。 左手も影絵のキツネにして、両手のキツネの鼻先をちょんちょん。 そのあとあごをつまんで前に引っ張り出す謎のアレ。 “すき”と“~したい”が同じやつ。 まぁ、これはどっちの意味でとられてもいいけどさ。 かなうちゃんの好きなところ。 すごく照れ屋さんなところ。 そんなに照れて、耳まで真っ赤になったってことは、通じたってことだよね?ね?ね? ぜんぜん俺を見なくなっちゃったから、右手のキツネでほっぺをつんつん。 どんどんそっぽ向いちゃうからかわいい耳をつんつん。 くすぐったそうにちょっと俺を睨んできたから、ここぞとばかりに唇をつんつんしたら、たまらず吹き出した。 よぉし、俺の勝ちだな。 しぶしぶ…って顔でかなうちゃんの左手もキツネになって、俺の右手キツネをつんつんした。 そしてゆっくり目を閉じて、俺に近づいてきて、俺の右手はかなうちゃんの左手と、俺の唇はかなうちゃんの唇とキスをした。 キツネの影絵の形は指文字の“き”。 両手でそれをつくってくっつけると“キス”。 かわいすぎか。 唇と指先で、キスしながらキスできるなんて相手がかなうちゃんだからだろ。 かなうちゃんの好きなところ。 ほんとはちょっとエロいとこ。 「あともうひとつ教えて」 口を大きく開けてゆっくり聞いたあと、スマホを取り出して文字を打つ。 〈この先、ネットで調べても出てこないの。どうしたらいいの?〉 この先?無音のかなうちゃんが首をかしげる。 〈そう、ちゅーの先〉 かなうちゃん、顔真っ赤。 耳も真っ赤。 たまんない。 いじめたくなっちゃう。 〈教えて。どう伝えたらいいかわかんない〉 そうスマホに打ち込むと、かなうちゃんは子猫みたいにいたずらに笑って見せた。 かなうちゃんの好きなところ 酔ってるとき、大胆になってかわいくなるところ。 ソファに深く座り込む俺に向かい合ってまたがるように座って、おでこに、まぶたに、鼻の頭に、耳に、首筋に、さっき重なりあった唇を落としてくる。肝心なところはわざとよけて。 目をうるうるさせてまっすぐ見つめて、俺のTシャツの裾からするすると両手の平を滑り込ませながら、唇はやっといちばんほしかったところに。 そうだよね…。 言葉で伝えるだけじゃない。 それは耳がどうかっていうのと関係ない。 触れあうとわかること。 触れあうほうがわかること。 それは手話がどうかっていうのと関係ない。 かなうちゃんの好きなところ。 実はすごぉくエロいとこ。 かなうちゃんがそうしたように、Tシャツの裾から両手を滑り込ませて柔らかいのを捉えたら、言葉も音もなにも要らないミュートの世界。 かなうちゃんの好きなところ。 かなうちゃんも知らないとっておきのこと。 笑う声と、気持ちいいときの控えめな声は、最高に、かわいい。 眠ったかなうちゃんの耳たぶに、丸く残るイヤリングの跡にキスをして、キッチンに水を飲みに行くついでに、さっきたくさん出したゴミを捨てようとしてゴミ箱を開けたら…。 いつもの大きなヘッドフォンが、燃えない方のゴミ箱に捨ててあった。
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