歓喜

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 砂を噛むような味気ない日々を、慶介は退屈に過ごしていた。恋人はおろか、親しい友達もなく、休日はいつも一人。それは彼が他人に馴染もうとしないからでもあるのだが、彼の中では世間が自分にそっぽを向いているという事になっていた。  なぜ人の世はこうも自分にとって住みにくいのか。  かつて夏目漱石はその著書の中で「人が作った人の世が住み難いからとて、越す国はあるまい。あるとすれば人でなしの国だ、人でなしの国は人の世よりも住み難かろう」と書いた。だが、漱石は人の世から出たことは無かったはずだから、ひょっとして人でなしの国は暮らしやすいかもしれない。どうにかして、人の世から出ることは出来ないものか。そんな突飛なことまで考えた。  要するに、彼は彼自身の性質のせいで著しく疲れていたのだ。  しかし、日々の散歩で川を眺めそこで生きている魚達を見るときだけ、僅かに満たされたような気分になる。打算、計略、そういったものを抜きにして、彼らは生きるために生きていた。そう言う潔さが彼の心を気持ちよくさせてくれるのだ。  慶介が最も好んで立ち止まるのは、川の比較的浅い所だった。  川底まで良く見えるし、鮒や鯉と違って小魚達は動きが活発で面白い。  きらきらと鱗を光らせながら水底の藻などをついばむ姿は実に一生懸命で、それは彼の心をより気持ちよくさせてくれる。
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