第47話

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第47話

翌日、いつも通り出勤してきた私は、いつも通り七海ちゃんの次にビリから二番目の出勤だった。 「おはようございます!」 オフィスに入って、まず最初にさくらと目を合わせる。 私たちは小さく笑って、それからこっそり手を振った。 それ以外は、普通に普段通りの職場で、愛菜はやっぱり芹奈さんと横田さんに挟まれて座っていた。 広いオフィスを正面の出入り口から入ると、右手の手前にひとかたまりのテーブルがあって、そこを使っているのが横田さんと芹奈さんと、最近は愛菜だ。 左手の奥に私と市山くん、さくらと七海ちゃんの使うテーブルがある。 中央は開けていて、奥にソファとテーブがある。 そのセットは接客用でもあるし、みんなの休憩所でもある。 「おっはようございまっす!」 いつも通りの、七海ちゃんのご出勤。 彼女はどれだけ遅刻しても、バッチリメイクで髪型も一糸乱れぬ装いだった。 それだけは感心する。 鼻歌交じりの彼女がパソコンを立ち上げる頃には、愛菜と芹奈さんは最初の休憩に入っていた。 「七海ちゃんって、いつも見栄えだけはいいんですね」 突然の愛菜からの宣戦布告、それを黙ってスルー出来るほど、七海ちゃんは大人しく出来ていない。 「愛菜サンはいっつも同じような格好してますよね、ザ・平均オブ・ザ・平均って感じの。それって、PP対策ですかぁ?」 愛菜のPPは現在1806、七海ちゃんは1768。 わずかに七海ちゃんの方が下回ってはいるものの、これなら戦って勝てない数字ではない。 「芹奈さんのおかげで、七海ちゃんはPPを維持出来てるんだから、ありがたく感謝しないといけないわね」 愛菜の上から目線も威圧も、七海ちゃんには通じない。 「そういえば愛菜サンも始めたんですよね、楽しみですね、これからPPもガンガンうなぎ登りになるんじゃないんですか? 2000越えも目じゃないってカンジで!」 愛菜も、それにはまんざらでもない様子。 「最終目標はね、それくらいになって欲しいと思ってる。そう思うことって、まぁ別に、普通といえば、普通よね」 「はー意識高い方って、やっぱり違いますよねー、さすがです。応援してますから、頑張ってく・だ・さ・い!」 ムッとした愛菜の表情に、どこ吹く風の七海ちゃんだ。 この口調とこの雰囲気が険悪なものでさえなければ、きっと七海ちゃんのセリフは普通のほめ言葉で、愛菜とのなんてことない良好な会話になる。 私はこのいたたまれない雰囲気に怖じ気づきながらも、こっそりと二人のPPをチェックしてみた。 愛菜1824、七海ちゃん1763。 二人ともわずかに上昇している。 会話の内容を、文字列だけで判断するなら棘はなく、お互いの心拍数の増加と血流量を考慮に計算したとしても、PP計算のAIは、良心的にとらえたのだろう。 攻撃的、というより、前向きで活発な会話、と、言えないこともない。 「二人とも、いいライバルになりそうね」 芹奈さんは、にっこりと微笑む。 「愛菜さんが私を追い越す日を、楽しみにしているわ」 芹奈さんからの言葉に、彼女はすっかり機嫌を直したようだ。 喜々としてパソコン画面に向かう。 一方の七海ちゃんは、フンと鼻息一つで済ませられるから、それだってたいしたもんだ、と、私も前向きにとらえておく。 良心的なAIのように。 「ねぇ、昨日の夜は、どこに行ってたの?」 昼休み、いつものように愛菜に呼び出された私は、今日は局の敷地の芝生に座っていた。 もうすぐ夏が本格化する一歩手前での、屋外ランチ。 「日記、いつも勝手に盗み見してたじゃない。もうハッキングはやめたの?」 愛菜は珍しく、箸で食材を口に運んでいた。 「そうね、やっぱりそういうのって、品がないじゃない。お行儀悪いし」 「そうなんだ」 そんなセリフが、彼女の口から出てくるとは思わなかった。 愛菜は口の中のものをごくりと飲み込む。 「明穂の日記、非公開だし、知られたくないことだって、あるだろうし」 「さくらと一緒に、ご飯を食べに行ってたんだよ」 「へー」 「和石亭! あの和石亭だよ、偶然予約が取れたんだって。凄くない?」 彼女はため息をついて、箸を置いた。 「そんなことが自慢になるなんて、あんたって本当に平和だよね」 「別に、自慢してるわけじゃないし」 彼女はまた、ほとんど箸をつけていない弁当を片付け始める。 「食事なんて、カロリーと必要な栄養素を摂取出来れば、それで充分なのよ。あんただって、普段はAI計算のカロリーコントロール食を食べてるじゃない」 社食の個人メニューは私のために作られた、完璧に計算された食事だった。 「今だってそうでしょ? それなのに、せっかく積み上げてきたこれまでの努力を無駄にして、破綻した内容の食事を取るなんて、私に言わせれば狂気の沙汰だわ、何がしたいのか分からない」 愛菜はスマホのカメラを私に向けた。 私のPPは、昨日より少し上がっていた。 彼女の眉が、ピクリと動く。 「ま、それだけでPPが左右されるわけじゃないから」 彼女は立ち上がった。 「じゃ、お先に」 いつもランチに行こうと誘ってくるのは彼女の方で、いつも先に終わらせて立ち去るのも、彼女の方だった。 私は他に誰もいない芝生の上で、遠くから聞こえる街の雑踏に耳を傾けながら、残りの完璧な栄養補助食品を食べている。
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