第60話

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第60話

復帰して間もないからと、私の仕事はほとんど用意されていなかった。 ゆっくりとオフィスのソファに座って、お茶を飲む。 大きな仕事を一つ終えたみんなも、まだ気持ちの切り替えが済まないようで、興奮の残骸と長丁場の疲労が交錯していた。 「じゃ、私は先に帰りますね!」 七海ちゃんが立ち上がる。 「あ、そうそう。今はまだ彼女の後処理が済んでないから時間が取れないけど、ちょっとして落ち着いたら、みんなを和石亭に招待するって、長島くんが言ってましたよ」 「いつから七海ちゃんが連絡係になってたの?」 「最初っからでーす」 七海ちゃんは今回の仕事がうまく行ったことで、とにかく上機嫌だ。 「そんな美味しい役目、他の人に渡すワケ、この私がないじゃないですかぁ。じゃ!」 彼女は颯爽とオフィスを後にした。 「皆さんは、まだ帰らないんですか?」 芹奈さんとさくら、市山くんは、ずっと何かの作業を続けていた。 「彼女に関する膨大なデータをまとめているのよ。5日でまとめろって、相変わらず鬼ね」 「ま、私もこういうタイプの人間には、元々興味あったし」 「市山くんは?」 彼は頭を天井に向けた。 「僕は、まー後学のためですかね。貴重な経験をさせてもらっているんだということは、自分でも分かっていますから」 「そっか」 横田さんは、帰り支度を始めていた。 この人は資料作りには参加してないのかな。 「一緒に帰るか?」 突然のお誘いにちょっとびっくりしたけど、まぁ他にすることもないし、特に問題はない。 「えぇ、いいですよ」 私も身支度を始めたところで、オフィスの扉が開く。 「あぁ、よかった。なんとか間に合いました」 入って来たのは、長島少年だった。 「今日が出勤日だと聞いていたので、今日中に一度は会っておきたかったのです」 相変わらずの、透き通る笑顔を浮かべる。 「副局長は、絶対に萩野を避けてますよね。最近顔を見せなくなったって、寂しがってましたよ」 横田さんが、スマホを取り出す。 「電話しましょうか、今出て行ったばかりだし」 「結構です。彼女とは、普段メールでやりとりをしているので、それで充分です」 「普通に顔をみせればいいじゃないですか、お好きな時間に」 「忙しくて、今まで時間が取れませんでした」 「へー、その割りにはさっき廊下で七海ちゃんに捕まって俺に助けを求め……」 「だからそれはあなたの勘違いだと……」 長島くんと横田さんがじゃれ合っている。 いつの間にこんなにも、二人は仲良くなったんだろう。 意外と気の合う、似たもの同士なのかもしれない。 「とにかく! このプロジェクトにおいて、怪我人を出したことが、僕にとっての唯一の失敗でした。軽傷で済んだのが幸いでしたが。そのフォローをすることに何の問題もありませんし、僕には明穂さんに、そうする義務があるんです!」 珍しく一息にしゃべった少年は、真っ赤な顔で息を切らせていた。 私にも彼に直接会って、聞いてみたいことがあった。 「ありがとうございます。ところで、愛菜は、彼女は今、どうしているのですか?」 「彼女は今、保健衛生監視局の特別保護管理施設に収容されています」 「警察、ではなくて?」 「元々そういう約束で、警察の方とは話しがついていましたから」 彼はいつもの調子を取り戻して、にっこりと笑った。 「本当は、もう少し穏やかな形で犯行を実行してもらうつもりだったのです。あなたを標的にすることは間違いなかったのですが、まさかあなたをこんな形で巻き込むことになるとは、思いもしませんでした」 「どういうことですか?」 「いや、僕としては、あなたと彼女が二人きりでいる状況で、あなたが彼女に首でも絞められて殺されそうになるのを、局内で取り押さえるつもりだったんですけどね」 彼は申し訳ないといった感じで、照れたように話している。 やっぱり変態だ。
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