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試合は僕のケーオー負けで終わった。この前、健康診断を受けた。首を痛めており、かかりつけの医師から、「医者としては、一回であっても、ボクシングはして欲しくない」と言われていた。
嫁さんの深里に、先生から言われたことを、正直に話しておいた。最後の一戦として臨んだ試合だった。
高校時代からアマチュアボクシングを始めた。試合に負けても、人前で泣かいたことはない。リングから降りても、僕は涙が止まらない。
涙で視界が滲むが、係員さんが、ヘッドギアとボクシンググローブを外してくれた。嫁さんの深里がタオルで僕の顔を拭く。
どの位泣き続けてしまっただろう。顔をタオルで隠しながら、参加選手用の折りたたみ椅子に座っていた。
「4位だって、良かったね」
深里が僕の前で立っていた。全試合が終了したようだ。周りに人が居ない隙を狙って、深里に呟く。
「僕は一度も3位以内に入れなかった。一度で良いから、メダルが欲しかったな」
深里が寂しそうに頷く。僕は立ち上がる。表彰台に立つ三人に惜しみない拍手を送り続けていた。1位で金メダルを授与されたのは、飛田さんだ。
表彰式が終わった。選手や関係者でごった返す、体育館で、ほかの選手と挨拶をしていると、飛田さんが大きな瓶に入った液体を持ってきた。
「O国に行った時に薬局で買った不思議調味料だ。良かったら店で使ってくれ」
いらないが、好意はありがたい。ガラス瓶を両手で受け取った。
「また、店に遊びに行くよ」
「飛田さん、いつでも、お待ちしています」
私服姿の飛田さんが踵を返して、立ち去って行く。深里は営業スマイルで頭を下げ続けていた。
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