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【fortississimo】
好かれたい。仲直りしたい。どうしても弟が必要で、切り捨てられない。例え、両親にそれを咎められたとしても、やはり奏にとって律は、なくてはならない存在だった。
そうして、またも覗いた弟の部屋。やはり、いない。
窓から外を見遣る。だが、いつもの遊び場にも弟の姿は無く。
もしかしたら、家出をしたのかもしれない。ふと募った不安に居ても立っても居られず、弟の部屋を物色する。
すると、ガラクタの山から覗いた数札の漫画に奏の手が止まった。
弟がよく読んでいる漫画。いつも楽しそうに眺めている物語。
同じ人間なのに、理解が追い付かない弟の思考が解るかも知れない。ヒントが隠されているかも、と。
漫画を手に取り、読んでみる。それはヒーロー物で、よくある話。
有り体に言うならば、王道を決して外さない。悪く言うなれば、在り来たりで新鮮味に欠ける。そんな物語に、弟とは違った思いで没頭した。
『俺っちが皆を守るんだ!! 例え この身を滅ぼす事になろうとも、俺っちはこの街の平和を守り続ける!』
安っぽい台詞だ、そんなの綺麗事だ、なんて皮肉。
純粋を飾らない少年には、浮かぶ筈もなく。
「“俺っち”は、ヒーローだ。皆を守るのが、使命……」
弟は、この主人公が好きなのかと。漫画を台本に変えて、台詞を吐く。少しでも この声を、言葉を受け入れて欲しくて。
「“俺っち”は、ヒーローになりたかったんだっ……! 皆の笑顔が、好き、だから……!」
心の片隅で、『下らない』、『こんな事をしても無理だ』と喚く自分。まるで、律に罵られているような錯覚に陥る。
震えた手先。次第に溢れ落ちる涙。
それでも、止まらなかった。台本を手離せなかった。口を止められなかった。
「俺っちは……そうだ。律の、ヒーローになるんだっ……!」
小さき手で拭った涙。弟の為なら、何だってする。
例えそれが、滑稽な猿真似でしかなくともーー律が、自分に向いてくれるなら、何だっていいんだ、と。
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