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《MY》の正体への関心は、日を追う毎にますます強まっていく。それと同時に、私はその人物と顔を合わせて、何を話したいのか。その正体を掴みかねていた。
そんな時に、いつものように掲示板に隠された手紙を手に取り、中身を取り出すと、ふたつの違和感を覚えた。
ひとつは、封筒を開けた際に広がった臭い。柑橘系の消臭剤、何処かで嗅いだことのある…記憶に新しいもの。
そしてもうひとつが、その文面だった。わざと四角く定規で書いていた其とは異なる…変わる以前の、綺麗な文字の羅列。その始まり。
『──君とお別れする時が近づいてきた。あの時失われたものと一緒に、また』
…それは、あまりにも唐突な、別れのカウントダウンだった。
ただの興味半分ではない。今すぐに《MY》に会わなければ取り返しが着かなくなる、という予感が使命感、或いは焦燥感を胸の奥で走らせている。
どうしてそう思い至るのか、理由はわからない。仮に《MY》が三年生だったとして、まだ数ヶ月は手紙のやり取りをする猶予がある筈だ。
なのに、この人物は、ある日突然、蝋燭の火のようにかき消えてしまう。そう確信を持って言える文だった。
後日、名前を貸してくれる人のアテが見つかったという紫の連絡にも生返事を返してしまう程に、私はその人物に心を砕いていた。
その手がかりは何処にあるのか。それは、今回のそれに全てが載せられていた。
…手紙を見た時、何も知らないという反応を示した前田先生や紫は《MY》でない。つまり、何らかのイニシャルではない。
そして、あの封筒の消臭剤の臭い。前田先生は部室に置いてあった消臭剤を掛けてから入室するよう心掛けていた。
けれど、その特有の匂いは、部室にあるそれとは異なっていた。私の家にある、愛用する少し高めの其と同一だった。
何より、また消えてしまう《あの日失ったもの》とは、一人しかない。その事を知っているのは。
私はその日の授業が終われば、大急ぎで家に戻る。制止の声など端から届かない。
部屋に着けば、机の中を散々蹴散らしながら、記憶を便りに目的の品を探し出す。
それは、すっかり埃を被って煤けたルーズリーフだった。鞄から一冊のノートを取り出して頁を捲り、これまで送受し続けたものと見比べていく。
──渇いた肺から、渇いた笑いが漏れる。ノ開かれたノートには、今日までの会話が記載されていた。
そして、その頁に見覚えのない、私の字ではない会話が残されていた。
…吐息が漏れる。納得してしまった。《MY》とは、イニシャルではなく私の、槇村柚宇を指していたのだ。
──決して、彼は妄想の産物ではない。《MY》とは、確かに存在していた。私の胸の中に。
…どうして気が付かなかった。いや、蓋をしていただけだ。あの日失ったものと一緒に、《MY》も奥底に沈んでしまったんだ。
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