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管理人は悪魔
おずおずと玄関に上がると、ジャーッという流水音が鳴り、ドアが開いた。
オールバックの青年が、顔をしかめてこちらを見てくる。
「げ。新入り?」
「そう。花丸、悪いんだけど救急箱取って」
「どもっす~?」
一応挨拶をするべく頭を下げる。
正直なところ頭を掻きながら下げたかったけど、黒髪の青年に手を握られていてできなかった。
「何でおてて繋いでんだよ」
「ああ……彼女がケガして。えっと、名前聞いていいかな」
口元だけは表情が分かる青年はにこやかに尋ねてきた。
乙女ゲーかよと思いながらもこちらもにこやかに返す。
「睦月椎名です」
「椎名ちゃんだって。僕はマーク」
「俺は~」
「花丸、救急箱」
黒髪の青年はマークというのか。
オールバックは花丸というらしい。遮られてたけれど。
舌打ちする花丸と3人で左側の部屋に入ると、だだっ広い広間があった。
畳にじゅうたんが敷かれていて、その上にソファとローテーブルがある正面の部屋と、右側の奥にはこたつが見える。
マークは「座って」と言いながら、私をソファに誘導した
「うわ、ヤケド!」
私の手のひらを見ると不快そうに花丸が顔をそむける。
「花丸は見た目の割に怖がりなんだ」
「見た目通りだろ!」
花丸はどうやらツッコミ役みたいだ。
手際よくなんか……草とか、葉っぱで私の手をいじくるマークが不思議だ。
「ただいま帰りました~薬草取ってきましたよ」
「もう最悪! マーク~! タオル」
女性2人分の声がすると、マークは「おかえり」と少し声を張って花丸に目配せすると、花丸はため息をつきながらも廊下に向かう。
「うわ花丸とかお呼びでないんだけど!」
「黙れブス! タオル持ってきてやるだけでも感謝しろ」
「ブスとか心外なんだけど!」
「うっせえブース! ブスブス!」
花丸は頭が子供のころで止まってるらしい。
がらりと戸が開くと、花丸かと思ったら違う人がいた。
「あら? 新入りさんってほんとなのね」
瞬間私は目を見張った。
ゴリラのような大男が淑女のように微笑み、しゃべるからだ。
「お茶いかが?」
「あ、うっす……」
「んふふ」
おネエさまという奴だろうか。
角刈りでムキムキなおじさんは小指を立てながら台所に向かった。
「よし。痛くない? 医者もいるんだけど、とりあえずこれで我慢してね」
「いや、ケガには慣れてるんで……どうも」
ガシャンと何かが割れる音がして台所へ視線を向けると、すごい勢いでおネエさまが走ってきた。
「女の子が! ケガに慣れたなんて! どんな生活を送ってきたの?!」
どすの利いた声の時、おしとやかな口調で叫ぶのやめてほしい。
ギャップ地獄でめまいが起きた。
というかまつ毛がばっさばさ。もはやアルパカとかラクダのレベル。
羨ましい、地まつ毛でしょうか。
「やだ! 眉毛欠けてるじゃないの……!」
「いや、大したことないす……これは」
「まあまあ落ち着いて岬さん」
岬さんって言うのかこの人。
立ち上がったマークは割れた食器の方に向かったみたいだ。
「あ、マジで新入りだ~」
「ほんとだ。あら、ゴリ姉起きたの?」
女性2人と花丸が部屋に入ってきて、一気に場が騒がしくなる。
若い子は制服を着ていて、「くるりんぱ”三つ編み風”」のピンクなロングヘアが何だか若者らしく可愛い。
隣のぽっちゃりしたショートボブの人は、いかにもどこぞの奥様って感じだった。
「あたし檸檬! 女子高生でーす」
「あ、ども。椎名です?」
「ふふ。疑問形? 私は香織。主婦でした」
でした? と思っていると、「字はね、これ! くっそ画数多いの!」と檸檬ちゃんが名前を紙に書いて見せたので、みんなで名前の書きっこをした。
「騒がしいな……」
そう言って現れたのは今のところ唯一のメガネ仲間、ザ・がり勉そうな地味キャラくんだ。
ある意味、マークとキャラがかぶって見える。
「初めまして、何か新入り? らしいんですけど」
「”らしい”って新入りじゃねえのかよ」
花丸が横やりを入れてきた。
こいつ絡むとめんどくさいタイプかも。
「僕は医大生の渉です」
「この子は椎名ちゃん。彼がさっき言ったお医者さんだよ」
お医者さんってめちゃくちゃ”医大生”って言ってるやん。
などと疑問に思いつつ、私もちゃんと自己紹介すべきかと思い至り、改めて名乗った。
「えっと、私は椎名って言います。さっきまで会社員だったんだけど辞めました。友なし・彼なし・家もなしです。何か、見ちゃんねる見てたら広告? が出てきて。ここってドナワンハイムですか?」
6人のメンバーが目を見開いて私を囲んでいる。
すると1人、マークが笑いだした。
「あはは! ごめんね。ちゃんと言ってなかった」
「おい説明しとけよ!」
「花丸うざっ」
「こんなところ急に来たらびっくりしちゃうわよね」
「んもぉ~どうりでさっきから疑問形なわけね!」
「いや、僕も状況よく分かってないんですけど」
渉くんの一言で、改めてマークからの説明が始まった。
「ここは”ドナワン・ハイム”。よそで言うところのアパートみたいなものだよ。ただ平屋のシェアハウス……って方が近いかな? 合言葉の”ドーナツワンツー”は、”do not want to”で、”やりたくない”って意味。ここはいろんなことをやりたくない人間が集まった場所で、僕は悪魔だよ」
「へ~え。なるほどぉ」
ドーナツワンツーとやらは英語だったのか。
軽い衝撃を受けつつも、なんか引っかかったところがある気がする。
何だろうと考えこんでいると、ひらめいた。
「ドーナツワンツーも英語だ!」
「いや、何急に。てかそこかよ!」
「はい?」
花丸を睨みながらずれた眼鏡をかけ直す。
負けじと花丸が続けた。
「最後聞こえなかったのかよ……」
「最後?」
「んも~! 椎名ちゃん、”悪魔”ってところよぉ!」
「ああ。それね、それ。……悪魔?」
にこりと笑ったマークを見つめてみると、首をかしげてきた。
うん、絶対イケメン。などと1人頷いていた。
「どーりでワケアリ無料なわけだー」
ソファにドッシリもたれかかったら、何だかどうでも良くなってきた。
「まさか異世界的な……?」
にこりとしたマークは頷きも回答もしなかったが、そうらしい。
もう何でもいいや。と、……ゴリ、ねえ? が淹れなおしてくれた紅茶を飲む。特別なブレンドなのか、ちょっとスパイシーで気持ちの良いお茶だった。
「何ゆったりしてんだよ! ツッコミどころもっとあるだろ!」
耐え切れなくなったのか、花丸が怒鳴る。
短パンのポケットから取り出したタバコに火をつけると、すぐにマークが灰皿を持ってきてくれた。
「何かどうでも良いわ~。ちょうど家追い出されることになってたし多分」
「あらまぁ~。家を?」
「あたしも家出した~!」
ゴリ姉が質問するも、檸檬ちゃんが遮るように家出仲間だとハイタッチしてきた。
「多分で良いのかよ」
「花丸は心配性なの?」
「ああ?! 下着女、人を呼び捨てにすんな!」
下着女とはなんだ。これは立派な部屋着だと思いながら、大人の対応をかます。
「えーっと~花丸くんはおいくつ?」
「あ?! 21だけど」
お茶を飲みながら優雅に聞くと想定外の若さにお茶を噴いた。
汚いと騒ぎながら、手際よく花丸はローテーブルを台拭きで拭いていく。
「老け顔……」
てっきり同い年かちょい下か、ギリ上くらいかと思っていたのに。
ショックを受けたとでも言いたげな顔のオールバック花丸の前髪がパサリと一束垂れた。
気合を入れ直すように両手で整え直すと、いかにもな不良顔で睨んでくる。
「てめえ初対面で……」
「私、26歳だから敬語使え?」
足を組んでにっこり笑いタバコの煙を吸って、吐く。
煙にむせた老け顔花丸は何か変なプライドでもあるのか、舌打ちをしてから身を引いた。
「椎名さん、つよ……」
渉くんがつぶやいたのを聞き、隣を見ると顔を背けられた。
「だてにブラック企業の上にも3年してないし」
鼻で笑って3つの会社を思うと、腹がむしゃくしゃとしてきた。
そういえばカボチャの香りがしたけど、あれは何だったっけ。
「さて、そろそろご飯にしようか」
見ないなと思ってたマークの声がして、タバコの火を消すと鍋を持ったマークの姿。
香織さんに手を引かれて、隣のこたつ部屋に行くと大きな掘りごたつが出迎えてくれた。
「魔法とか使えないの?」
ふと出た疑問を投げかけると、マークは答えず、慣れたとばかりに香織さんが口を開いた。
「マークは自給自足型なの」
「そぉなのよ! だから急に田舎みたいに感じるわよ~!」
「基本のことは管理人のマークさんがやってくれますけど、自分がしたいことを自由にする感じですよ。椎名さん」
ゴリ姉と渉くんの説明を受けると、マークを手伝っていたらしい花丸が茶碗を置き、「ここ座れ……ください」と不慣れな感じで言ってきた。
腰かけると檸檬ちゃんが「隣ゲーット!」なんて腕に抱きついてくる。
食事を運びきったマークが入り口側に座ると、花丸が私の正面に座った。
「いただきます!」
声を揃えて言ったみんなに遅れつつ、私も続けて、
「いただきます」
みんなの箸が一斉にカボチャ煮へ向かう。
まるで戦かと思えるほどの接戦の中に、ずっとここで暮らしてましたかのように私も参加した。
「美味しい~!」
花丸の器にあったカボチャ煮を2個ほど頂くと、花丸は何か言いたげに口をパクパクさせて、戦に戻っていった。
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