管理人は悪魔

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

管理人は悪魔

 おずおずと玄関に上がると、ジャーッという流水音が鳴り、ドアが開いた。  オールバックの青年が、顔をしかめてこちらを見てくる。 「げ。新入り?」 「そう。花丸(はなまる)、悪いんだけど救急箱取って」 「どもっす~?」  一応挨拶をするべく頭を下げる。  正直なところ頭を掻きながら下げたかったけど、黒髪の青年に手を握られていてできなかった。 「何でおてて繋いでんだよ」 「ああ……彼女がケガして。えっと、名前聞いていいかな」  口元だけは表情が分かる青年はにこやかに尋ねてきた。  乙女ゲーかよと思いながらもこちらもにこやかに返す。 「睦月椎名(むつきしいな)です」 「椎名ちゃんだって。僕はマーク」 「俺は~」 「花丸、救急箱」  黒髪の青年はマークというのか。  オールバックは花丸というらしい。遮られてたけれど。  舌打ちする花丸と3人で左側の部屋に入ると、だだっ広い広間があった。  畳にじゅうたんが敷かれていて、その上にソファとローテーブルがある正面の部屋と、右側の奥にはこたつが見える。  マークは「座って」と言いながら、私をソファに誘導した 「うわ、ヤケド!」  私の手のひらを見ると不快そうに花丸が顔をそむける。 「花丸は見た目の割に怖がりなんだ」 「見た目通りだろ!」  花丸はどうやらツッコミ役みたいだ。  手際よくなんか……草とか、葉っぱで私の手をいじくるマークが不思議だ。 「ただいま帰りました~薬草取ってきましたよ」 「もう最悪! マーク~! タオル」  女性2人分の声がすると、マークは「おかえり」と少し声を張って花丸に目配せすると、花丸はため息をつきながらも廊下に向かう。 「うわ花丸とかお呼びでないんだけど!」 「黙れブス! タオル持ってきてやるだけでも感謝しろ」 「ブスとか心外なんだけど!」 「うっせえブース! ブスブス!」  花丸は頭が子供のころで止まってるらしい。  がらりと戸が開くと、花丸かと思ったら違う人がいた。 「あら? 新入りさんってほんとなのね」  瞬間私は目を見張った。  ゴリラのような大男が淑女のように微笑み、しゃべるからだ。 「お茶いかが?」 「あ、うっす……」 「んふふ」  おネエさまという奴だろうか。  角刈りでムキムキなおじさんは小指を立てながら台所に向かった。 「よし。痛くない? 医者もいるんだけど、とりあえずこれで我慢してね」 「いや、ケガには慣れてるんで……どうも」  ガシャンと何かが割れる音がして台所へ視線を向けると、すごい勢いでおネエさまが走ってきた。 「女の子が! ケガに慣れたなんて! どんな生活を送ってきたの?!」  どすの利いた声の時、おしとやかな口調で叫ぶのやめてほしい。  ギャップ地獄でめまいが起きた。  というかまつ毛がばっさばさ。もはやアルパカとかラクダのレベル。  羨ましい、地まつ毛でしょうか。 「やだ! 眉毛欠けてるじゃないの……!」 「いや、大したことないす……これは」 「まあまあ落ち着いて(みさき)さん」  岬さんって言うのかこの人。  立ち上がったマークは割れた食器の方に向かったみたいだ。 「あ、マジで新入りだ~」 「ほんとだ。あら、ゴリ姉起きたの?」  女性2人と花丸が部屋に入ってきて、一気に場が騒がしくなる。  若い子は制服を着ていて、「くるりんぱ”三つ編み風”」のピンクなロングヘアが何だか若者らしく可愛い。  隣のぽっちゃりしたショートボブの人は、いかにもどこぞの奥様って感じだった。 「あたし檸檬(れもん)! 女子高生でーす」 「あ、ども。椎名です?」 「ふふ。疑問形? 私は香織(かおり)。主婦でした」  でした? と思っていると、「字はね、これ! くっそ画数多いの!」と檸檬ちゃんが名前を紙に書いて見せたので、みんなで名前の書きっこをした。 「騒がしいな……」  そう言って現れたのは今のところ唯一のメガネ仲間、ザ・がり勉そうな地味キャラくんだ。  ある意味、マークとキャラがかぶって見える。 「初めまして、何か新入り? らしいんですけど」 「”らしい”って新入りじゃねえのかよ」  花丸が横やりを入れてきた。  こいつ絡むとめんどくさいタイプかも。 「僕は医大生の(わたる)です」 「この子は椎名ちゃん。彼がさっき言ったお医者さんだよ」  お医者さんってめちゃくちゃ”医大生”って言ってるやん。  などと疑問に思いつつ、私もちゃんと自己紹介すべきかと思い至り、改めて名乗った。 「えっと、私は椎名って言います。さっきまで会社員だったんだけど辞めました。友なし・彼なし・家もなしです。何か、見ちゃんねる見てたら広告? が出てきて。ここってドナワンハイムですか?」  6人のメンバーが目を見開いて私を囲んでいる。  すると1人、マークが笑いだした。 「あはは! ごめんね。ちゃんと言ってなかった」 「おい説明しとけよ!」 「花丸うざっ」 「こんなところ急に来たらびっくりしちゃうわよね」 「んもぉ~どうりでさっきから疑問形なわけね!」 「いや、僕も状況よく分かってないんですけど」  渉くんの一言で、改めてマークからの説明が始まった。 「ここは”ドナワン・ハイム”。よそで言うところのアパートみたいなものだよ。ただ平屋のシェアハウス……って方が近いかな? 合言葉の”ドーナツワンツー”は、”do not want to(ドゥ・ノット・ウォン・トゥ)”で、”やりたくない”って意味。ここはいろんなことをやりたくない人間が集まった場所で、僕は悪魔だよ」 「へ~え。なるほどぉ」  ドーナツワンツーとやらは英語だったのか。  軽い衝撃を受けつつも、なんか引っかかったところがある気がする。  何だろうと考えこんでいると、ひらめいた。 「ドーナツワンツーも英語だ!」 「いや、何急に。てかそこかよ!」 「はい?」  花丸を睨みながらずれた眼鏡をかけ直す。  負けじと花丸が続けた。 「最後聞こえなかったのかよ……」 「最後?」 「んも~! 椎名ちゃん、”悪魔”ってところよぉ!」 「ああ。それね、それ。……悪魔?」  にこりと笑ったマークを見つめてみると、首をかしげてきた。  うん、絶対イケメン。などと1人頷いていた。 「どーりでワケアリ無料なわけだー」  ソファにドッシリもたれかかったら、何だかどうでも良くなってきた。 「まさか異世界的な……?」  にこりとしたマークは頷きも回答もしなかったが、そうらしい。  もう何でもいいや。と、……ゴリ、ねえ? が淹れなおしてくれた紅茶を飲む。特別なブレンドなのか、ちょっとスパイシーで気持ちの良いお茶だった。 「何ゆったりしてんだよ! ツッコミどころもっとあるだろ!」  耐え切れなくなったのか、花丸が怒鳴る。  短パンのポケットから取り出したタバコに火をつけると、すぐにマークが灰皿を持ってきてくれた。 「何かどうでも良いわ~。ちょうど家追い出されることになってたし多分」 「あらまぁ~。家を?」 「あたしも家出した~!」  ゴリ姉が質問するも、檸檬ちゃんが遮るように家出仲間だとハイタッチしてきた。 「多分で良いのかよ」 「花丸は心配性なの?」 「ああ?! 下着女、人を呼び捨てにすんな!」  下着女とはなんだ。これは立派な部屋着だと思いながら、大人の対応をかます。 「えーっと~花丸くんはおいくつ?」 「あ?! 21だけど」  お茶を飲みながら優雅に聞くと想定外の若さにお茶を噴いた。  汚いと騒ぎながら、手際よく花丸はローテーブルを台拭きで拭いていく。 「老け顔……」  てっきり同い年かちょい下か、ギリ上くらいかと思っていたのに。  ショックを受けたとでも言いたげな顔のオールバック花丸の前髪がパサリと一束垂れた。  気合を入れ直すように両手で整え直すと、いかにもな不良顔で睨んでくる。 「てめえ初対面で……」 「私、26歳だから敬語使え?」  足を組んでにっこり笑いタバコの煙を吸って、吐く。  煙にむせた老け顔花丸は何か変なプライドでもあるのか、舌打ちをしてから身を引いた。 「椎名さん、つよ……」  渉くんがつぶやいたのを聞き、隣を見ると顔を背けられた。 「だてにブラック企業の上にも3年してないし」  鼻で笑って3つの会社を思うと、腹がむしゃくしゃとしてきた。  そういえばカボチャの香りがしたけど、あれは何だったっけ。 「さて、そろそろご飯にしようか」  見ないなと思ってたマークの声がして、タバコの火を消すと鍋を持ったマークの姿。  香織さんに手を引かれて、隣のこたつ部屋に行くと大きな掘りごたつが出迎えてくれた。 「魔法とか使えないの?」  ふと出た疑問を投げかけると、マークは答えず、慣れたとばかりに香織さんが口を開いた。 「マークは自給自足型なの」 「そぉなのよ! だから急に田舎みたいに感じるわよ~!」 「基本のことは管理人のマークさんがやってくれますけど、自分がしたいことを自由にする感じですよ。椎名さん」  ゴリ姉と渉くんの説明を受けると、マークを手伝っていたらしい花丸が茶碗を置き、「ここ座れ……ください」と不慣れな感じで言ってきた。  腰かけると檸檬ちゃんが「隣ゲーット!」なんて腕に抱きついてくる。  食事を運びきったマークが入り口側に座ると、花丸が私の正面に座った。 「いただきます!」  声を揃えて言ったみんなに遅れつつ、私も続けて、 「いただきます」  みんなの箸が一斉にカボチャ煮へ向かう。  まるで戦かと思えるほどの接戦の中に、ずっとここで暮らしてましたかのように私も参加した。 「美味しい~!」  花丸の器にあったカボチャ煮を2個ほど頂くと、花丸は何か言いたげに口をパクパクさせて、戦に戻っていった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!