プロローグ

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 通学路の途中には桜並木がある。五百メートルほどのささやかな並木道だが、それでもしっかりとそこを通る人に季節の巡りを知らせる。長い冬が去り、今ようやく訪れた春を満開の桜たちが謳っていた。  桜並木を抜けると、五分足らずで高校が見えてくる。来年の春にはもうこの道を通ることのない二人の少女が、他愛ない会話に時々笑顔を見せながら歩いていた。  分かれ道に差し掛かった時、一人が足を止めた。高校への道は直進だ。右脇には横断歩道があり、そこを渡った先には公園がある。中学校時代は近道のためによくそこを通っていた。公園の中心にある桜の木はこの町で一番立派な大樹で、なんでも樹齢二百年を超えているらしい。花を咲かせ艶やかに佇むその姿はここからでもはっきりと見える。  腰まで届きそうな少女の長い髪が微風に靡いた。並木道から公園へと花弁が誘われる。少女はその先の大樹を見上げた。 「どした?」  隣を歩いていたショートカットヘアに赤縁眼鏡で、やや背の低い少女が数歩行ったところで隣がいないことに気付き、振り返った。 「今年も綺麗に咲いたね」  髪の長い少女に倣って、眼鏡の少女は大樹を仰いだ。遠く近く、雪のように花弁が舞っている。 「いい歌詞浮かんできた?」 「そんな簡単に降りてこないよ。私なんてまだまだだし」 「あー、その謙虚さも詩人っぽい」 「詩人って……」  髪の長い少女は微苦笑を浮かべる。これも他愛ない会話の延長だ。 「ソングライターって言ってください」 「はいはい」  眼鏡をくいっと直して、手を腰に当てる。その仕草はどこか年寄りくさい。 「いやぁにしても、うちらももう三年生か」 「そうだね。受験がんばろ」 「え、あんたも受験すんの?」 「こっちの仕事だけじゃ食べていけないよ。私も大学行って兼業探すよ」 「うわー、将来のことめっちゃ考えてる」 「そんなことないよー」  眩しいものでも見るかのように両手で顔を覆う仕草をする眼鏡の少女。大袈裟にやっているため、見ているだけで笑いを誘う。気恥かしさもあって髪の長い少女は目を細めた。 「ただ、この仕事少しでも長く続けていきたいから。保険は必要かなって」 「はあ~、同い年とは思えんな。夢追い人のなせる業ってかんじ」  斜に構えた言い方も褒め言葉のうちだ。髪の長い少女はまた微苦笑を浮かべる。  しかし今度は途中ではたと笑みが消えた。遠くを見つめるような目で虚空を仰ぐ。 「……私、前はこんなんじゃなかったんだ」 「売れっ子ソングライターが何を言うか」 「あはは。でも、ほんとにほんとだよ」 「えー。デビューしたの高校入ってすぐだっけ? それまでどうしてたの?」  うん、と頷く。その笑顔に先程との違いは見られない。けれど――。 「中二の冬から本格的に作詞・作曲始めたけど、それまでは全然。むしろ避けてた」  最後の言葉に、眼鏡の少女は一瞬固まった。 「は?」と言わんばかりの顔をする。 「興味なかったの?」 「興味あったよ」 「好きじゃなかったとか?」 「好きだったよ」  どちらも即答。眼鏡の少女は、んー、と唸った。 「好きなのに?」 「――好きだから」  なぞなぞの答えを言うように告げる。微笑んでいるのか、悲しんでいるのか、どちらとも取れる眼差しはまた虚空に向かった。 「好きだから、忘れようとした。というか、小さな思い出にしようとしたんだ。そんなもの好きだった頃もあったなぁって、なるように」 「ん……じゃあどうして、やってみようって思ったの? きっかけは?」  解るようで解らない心理を、眼鏡の少女は自分なりに解釈してさらに問いかける。髪の長い少女はすぐには答えなかった。一度眼鏡の少女を見て、空を仰いで、そして公園にある桜の大樹を眺め数秒後、ふっと微笑んだ。 「夢と距離を置こうとした私に、それは違うって教えてくれた人がいたんだ」 「へぇ……、で、誰?」 「うーん、〝桜の精〟……かな?」 「はあ? 何それ?」  真面目に聞いていた分、眼鏡の少女は脱力する。 「だってそう言われたんだもーん」  しかし髪の長い少女は冗談を撤回せず、あはは、と笑いながら並木道を駆け出した。はぐらかされたことを理解した眼鏡の少女はとうとう叫ぶ。 「言われたって……、ちょっと待ちなさい! こらぁ!」  止まるはずがない。眼鏡の少女も後を追って駆け出した。
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