4.

2/4
前へ
/24ページ
次へ
 そこには宇宙が広がっていた。  否、満天の星空と、それを映す水面が宇宙に似た景色を創り出していた。果ての見えない世界は星の光で満たされている。  水面に幾重にも重なった波紋が広がる。その中央に桜花が立っていた。まるで桜花(おうか)がこの世界を創造したかのように。少なくとも、この空間の中心は彼女だった。  宇宙(COSMOS)の声が聞こえる場所。  秋桜(あきな)は五感全てを通じて、この空間のことを悟る。幻想的な世界に包まれて、緊張感や恐怖心はどこかへ消えてしまった。  こちらの存在に気付いた桜花(おうか)は、慈愛に満ちた微笑みを向ける。 「いらっしゃい」  桜花(おうか)とこちらの間には二十メートル近い距離があるにも関わらず、彼女の声がはっきりと届いた。ここではどんな小さな声も反響するらしい。 「ここは、どこですか……?」 「そうね、この宇宙が見ている夢の中、かな」  桜花(おうか)は見えない何かを包み込むかのように、虚空に両手を広げる。 「ここは生命が生まれる場所。そして、還ってくる場所」 「私は、死んだんですか」 「違うわ。私たちが特別に招いたの。あなたはいつもと変わらず、ちゃんとお布団で眠っているわ」  桜花(おうか)がにこっと笑う。飽きるほど見てきた笑顔だ。 「ね、涙の理由は見つけられた?」  それも最初だけで、彼女は淡く、優しい微笑で秋桜(あきな)を見つめる。秋桜(あきな)は目をそらした。音楽室で話した時、眠りに落ちる時に感じた胸の痛みと同じものがはしる。 「あなたはもう気付いてる。それを否定しているだけ」 「違う!」 「ただ蓋をしたんでしょう? 自分の〝夢〟に」 「違う、違う違う!」  必死に叫ぶ。しかし叫べば叫ぶほど、否定すれば否定するほど、自分の本心が透けて見えてくる。秋桜(あきな)は立っていられなくなって、膝から座り込んだ。 「……だって……っ……」 「怖かった?」  桜花(おうか)の言葉は尋ねるかのようで、一片の疑いも含んではいなかった。 「あなたはどこかで解っていたのよね。その気持ちを抱えてしまったら、腕に刃物を当てるよりもずっと深く傷付くかもしれないこと。もっとたくさん泣くかもしれないこと」  何も言い返せない。項垂れた秋桜(あきな)の頬に、不意に何かが触れる。それは秋桜(あきな)をここまで導いてくれた、小さな光の球体だった。慰めてくれるのだろうか。  温かい。心の穴が少しだけ埋まるような安心感と懐かしさを覚えて、これは昔はとても身近にあったことを思い出した。と同時にあることをひらめく。 「……ねぇ、ここが死んだら来るところなら、……お、お母さんも、いるの?」  無意識に自分の胸のあたりをぎゅっと掴む。 「私っ……、お母さんに会いたい」  母がこの世を去った日からずっと、絶対に叶わないと分かっていながら心の中で強く、強く望んでいたこと。もしかしたら今この状況なら、それが叶うかもしれない。秋桜(あきな)は切に訴える。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加