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そこには宇宙が広がっていた。
否、満天の星空と、それを映す水面が宇宙に似た景色を創り出していた。果ての見えない世界は星の光で満たされている。
水面に幾重にも重なった波紋が広がる。その中央に桜花が立っていた。まるで桜花がこの世界を創造したかのように。少なくとも、この空間の中心は彼女だった。
宇宙の声が聞こえる場所。
秋桜は五感全てを通じて、この空間のことを悟る。幻想的な世界に包まれて、緊張感や恐怖心はどこかへ消えてしまった。
こちらの存在に気付いた桜花は、慈愛に満ちた微笑みを向ける。
「いらっしゃい」
桜花とこちらの間には二十メートル近い距離があるにも関わらず、彼女の声がはっきりと届いた。ここではどんな小さな声も反響するらしい。
「ここは、どこですか……?」
「そうね、この宇宙が見ている夢の中、かな」
桜花は見えない何かを包み込むかのように、虚空に両手を広げる。
「ここは生命が生まれる場所。そして、還ってくる場所」
「私は、死んだんですか」
「違うわ。私たちが特別に招いたの。あなたはいつもと変わらず、ちゃんとお布団で眠っているわ」
桜花がにこっと笑う。飽きるほど見てきた笑顔だ。
「ね、涙の理由は見つけられた?」
それも最初だけで、彼女は淡く、優しい微笑で秋桜を見つめる。秋桜は目をそらした。音楽室で話した時、眠りに落ちる時に感じた胸の痛みと同じものがはしる。
「あなたはもう気付いてる。それを否定しているだけ」
「違う!」
「ただ蓋をしたんでしょう? 自分の〝夢〟に」
「違う、違う違う!」
必死に叫ぶ。しかし叫べば叫ぶほど、否定すれば否定するほど、自分の本心が透けて見えてくる。秋桜は立っていられなくなって、膝から座り込んだ。
「……だって……っ……」
「怖かった?」
桜花の言葉は尋ねるかのようで、一片の疑いも含んではいなかった。
「あなたはどこかで解っていたのよね。その気持ちを抱えてしまったら、腕に刃物を当てるよりもずっと深く傷付くかもしれないこと。もっとたくさん泣くかもしれないこと」
何も言い返せない。項垂れた秋桜の頬に、不意に何かが触れる。それは秋桜をここまで導いてくれた、小さな光の球体だった。慰めてくれるのだろうか。
温かい。心の穴が少しだけ埋まるような安心感と懐かしさを覚えて、これは昔はとても身近にあったことを思い出した。と同時にあることをひらめく。
「……ねぇ、ここが死んだら来るところなら、……お、お母さんも、いるの?」
無意識に自分の胸のあたりをぎゅっと掴む。
「私っ……、お母さんに会いたい」
母がこの世を去った日からずっと、絶対に叶わないと分かっていながら心の中で強く、強く望んでいたこと。もしかしたら今この状況なら、それが叶うかもしれない。秋桜は切に訴える。
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