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 それは四年前の秋こと。  桜の木に若葉が芽吹き始めた頃からその葉が色を失う頃まで、灼熱地獄のような暑い日が続いた。夏が終われば少しは過ごしやすくなるかと思ったが、実際はそうでもなく、ほんの一ヶ月前に冬用の制服に袖を通したというのに木枯らしが吹けばもう肌寒いと感じる。例年、自分の誕生日を過ぎると冬がやってくるのだが、今年はそれより二週間早くやってきたようだ。  十四歳になったばかりの少女は一人、公園の中を歩いていた。向かう先の中学校は住宅街の中にある。大半の生徒が大通りを通って登校する中で、少女は小道を利用していた。公園を横断して小道に入ると、坂は多少きついが五、六分短縮できる。それにこのルートは意外と知られてないため、途中で誰かと会うこともない。中学二年生になってから、朝は決まってこの道を使っている。帰りはまだしも、朝は出来るだけ他人と会いたくないことが専らその理由だった。  公園の芝生は自治会の人の手によって、いつも綺麗に整備されている。雑草は全て抜き取られ、ライトグリーン一色に統一されている。ただこの時期だけはその限りではない。  植物分類はキク科、原産地はメキシコ、草丈は三十から二百センチ、花径は四から八センチで、半耐寒性のある、日向と水はけの良い用土を好む一年草。花言葉は「少女の純潔」、「真心」。オオハルシャギク、アキザクラの別名を持つ。コスモス・ビピンナツスとその園芸品種の総種、一般的にはコスモスと呼ばれる花が芝生の所々に咲いて白やピンク、赤、黄色に彩っている。  足元に気を払わなければならないほどではないが、無意識に足元を見て歩いていた少女は、数歩先に咲いている一輪のコスモスが目に入らず、足を上げた時点で下ろす場所にあるそれにやっと気付いた。一瞬顔を歪ませるが避けることはせずに、そのまま足を下ろそうとする。その時だった。 「踏んじゃうの?」  背後から声がした。ぴたっと、コスモスを踏み付ける直前で足を止める。 「あなたの花なのに」  冷静に足を引っ込め、二本の足で立ち直した少女は顔をしかめて振り返る。  その瞬間、桜の花弁が舞った。
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