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驚いてまばたきすると、もうそこには何もなく。
――なに……今の……。
見間違いにしてはやたら鮮明だった。色も形も、ここに咲く花弁や木枯らしとは似ても似つかない。香りも確かに桜のものだった。
半ば混乱した状態で、少女は目の前の女性を捉える。聞き覚えのない声だと思ったが、やはり知らない人だった。
「……なんで、私の名前を?」
「知ってるわよ。白川秋桜ちゃん」
見た目からして二十歳前後だろうか。ピンクを基調としたチェック柄のシルクハット、ベスト、短いプリーツスカートに身を包んでいる。制服を可愛くアレンジしたらこんなコスチュームが出来上がるだろう。ドラマの撮影か何かの衣装としか思えない服装でありながら、端麗な容姿の彼女がそれを着ていることに何ら違和感がない。むしろこれ以上にないくらい彼女に合っていた。
ストレートの茶髪は膝に付くほど長く、風になびくとそれだけで絵になる。彼女のやわらかく高い声も、より女性らしさを引き立てている。
だが少女――秋桜の中で、彼女の存在はますます如何わしいものになっていった。
「答えになってない! なんで私の名前を知ってるの!?」
「それはねぇ……」
秋桜がさらに表情を険しくする一方で、女性は至って冷静、真剣な態度をみせる。そして、ずばりといった風に右手の人差し指を立てた。
「精霊。だからかな」
「は?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。そんな秋桜の様子をどう受け取ったのか、女性は上機嫌そうだ。渾身の冗談が真に受けて嬉しいのだろうか。その笑顔が、こちらに何を期待しているのか全く分からない。
「ドン引きされてるぞ、桜花」
上から新たな声が降ってくる。秋桜とその女性から若干離れたところにある大樹の上からだ。公園の中心にして、この町で一番立派な桜の樹。その太い枝に身を任せ、男性がくつろいでいた。
男性に指摘されて女性は初めて気が付いたらしく「ええっ!?」と焦り出す。
「それはまずいわ! 怪しい者じゃないのよ! って守桜、あなたもそんな所にいないで挨拶しなさい」
「今更?」
面倒くさいという声が聞こえてきそうだ。しかしその態度とは裏腹に男性は、すっと樹から飛び降りて、秋桜の目の前に着地した。高さも距離もあるところから跳んだのに勢いを殺す姿勢をほとんど取らない。身のこなしの軽さをうかがわせる。
「朝っぱらから随分な挨拶ですまんな。俺は守桜だ」
正面に立たれると、彼――守桜が一八〇センチ越えの長身であることが分かる。こちらも二十歳前後だろう。桜花と同じくピンクを基調としたチェック柄のブレザー、ベスト、ズボンを着用している。後ろ髪だけ長く、白い紐で適当にまとめているところは彼の性格を表しているようだ。腰に佩いている太刀はレプリカなのだろうが、妙に威圧感があって目に留まる。
「随分な挨拶って何よ。こっちは真面目にやってるのに」
「俺の相手はいいから、さっさと話進めてやれ。シカト決め込まれるぞ」
ううう……、と言葉を飲み込んでから女性は、こほん、と咳ばらいをして切り替える。最初のように淡く微笑んだ表情で、秋桜に右手を差し出した。
「私は桜花。私たちはあなたを助けるためにやってきました」
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