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オ・ト・ナの合宿生活 1
結花を守るため、と合田が提案した保安係の合宿生活は、その日のうちに実行に移された。
夕方、定時で上がった大輔たちと、いったん本部に戻った合田、それに大学の講義を終え、今夜もチャイエス店でのアルバイトがある結花は、合田の自宅近くのショッピングモールに集合した。
スーパーからホームセンターまで入る、県内一の広さを誇るショッピングモール。その中でJRの駅に近いエントランスで待ち合わせ、そこで結花と合田は初対面した。
「……警察官って……色んな人がいるんですね」
結花が合田に会って最初に発した言葉だ。きっと結花も、大輔が抱いた第一印象と同じようなことを思ったのだろう。
「いきなり無茶を言って悪かったね。県警刑事部組織犯罪対策三課の合田、といいます。こう見えて、ちゃんと仕事するお巡りさんだから、安心して」
合田が見た目を裏切る柔らかな物腰で挨拶する。結花は大きな目を丸くし、そして自然に顔を綻ばせた。
「林結花です。小野寺さんから聞きました、私のこととても心配してくれてるって。父のことも。……これからしばらくお世話になります」
結花がペコリと頭を下げる。
「若いのに随分しっかりしたお嬢さんだ。親御さんの教育が素晴らしいんだな」
「いえ、そんな……」
「なぁ結花さん、俺みたいなおじさんの家に泊まるの、正直不安だと思うんだ。だけど、そっちのきれいな女性警官もずっと一緒だし、俺や小野寺のおじさんコンビが若い奴らに目を光らせてるから、安心してうちに来てほしい」
そう言った合田の笑顔は、非常に頼りがいのある真面目な警察官のものだった。結花はすっかり信じて安心した様子で、よろしくお願いします、ともう一度頭を下げた。
悪さばかりしてきたのはおじさんコンビの方なのに――と、納得いかない若手の童貞コンビは少しむくれる。
古いホストみたいななりをしているくせに、若い女性の信頼をたやすく勝ち取った合田は、これからバイトに向かう結花に、お父さんのことでいくつか聞きたいことがあるから、と彼女を店まで車で送ると言い出した。すっかり合田を信じた結花は、じゃあお言葉に甘えて、と受け入れたが、そこで一太が声を上げた。
「俺も行きます! ゆ、結花さんが店にいる間、俺が張ってますから!」
おじさんたちばかり結花と仲良くなるのが許せなかったのだろう。一太は頑張った。
そして合田と一太が結花を店まで送っていくことになり、残された三人は先に合田の家に向かうことになった。
「悪いんだけど、うち、散らかってるんだ。ちょっと片付けておいてくれないか。掃除機とか適当に使っていいから」
合田が晃司に自宅の鍵を渡し、それから住所をメールする。結花がいなければすることもない三人は渋々承知し、そこで合宿メンバーは二手に別れた。
合田の自宅は、ショッピングモールから徒歩で十分ほどの、きれいな新興住宅地の中にあった。住人のほとんどが若い夫婦にまだ小さい子供、というような家族ばかりの街で独身男が一人暮らしとは? と疑問に思った大輔だが、自宅に着くとその思いはいっそう強くなった。
合田の家は、新興住宅地に似合の、いかにも今時の一軒家だった。車がギリギリ二台停められるガレージ、芝の小さい庭もあり、そこに子供用の自転車が置かれていても違和感はない。
どう見ても――中年の独身男性が暮らす家ではない。誰かと暮らしているとも話していなかったので、大輔でなく晃司や桂奈も驚いていた。
「……合田さん、よく一人でこんな大きな家に住んでますね」
桂奈が合田の自宅を外からジロジロと見回す。晃司はガレージを覗きながら答えた。
「住宅ローン組んじゃって、引っ越せないんじゃないか?」
「この辺なら、売っても残りのローンとトントンぐらいになりそうですけどね。子供はいないんだから養育費もないし、離婚の慰藉料だってそんなに高くなかったぽいし」
「待ってください! 合田さん……結婚してたんですか?!」
思わず大輔が大きな声を出すと、桂奈も晃司も驚いて振り返った。
「おい、声でけぇよ。住宅街だぞ、気をつけろ」
「結婚でもしなきゃ、ファミリー向けの住宅街に家なんか買わないでしょ」
「えっ、だって合田さんって……」
チラリと晃司を見る。晃司は、俺は知らん、と言いたそうに肩を竦めた。
「人間四十年も生きてれば色々あるわよ。大輔くん、いちいち過剰に反応しすぎ。……小野寺さん、早く鍵開けてくださいよ」
「あ、俺か、鍵預かってたの」
合田が既婚者だったことを知って動揺を隠せない大輔は放っておかれ、二人が先に中に入る。家は今風で洒落ているが、庭の芝生は枯れて雑草が生い茂り、ガレージはタイヤが無造作に積まれていた。
大輔はにわかに不安になってきた。これだけ家の外が荒れているということは――。
鍵を開け、先に中を覗いた晃司が声を上げる。
「……うわ、きったね!」
桂奈も晃司の肩越しに中を覗き、やだぁ! と叫んだ。気になった大輔も二人の隙間から中を覗き込み――。
「む、無理~!」
一番大きな声を上げた。
ゆったりとした玄関には大量の靴だけでなく靴べら、靴磨きなどがゴチャゴチャと散乱し、玄関から見える廊下は、遠目にも埃が積もっているのがわかった。ドアを開けた拍子に風が吹き込み、その埃が舞い上がる。埃まみれの廊下も、なんだか物が散らばっていた。
大輔はアレルギー反応ではなく、涙目になった。
「……無理です、俺、こんな家に上がりたくない」
「そんなこと言ってらんないだろ。……てか合田さん、この状態でよく人を呼んだよな」
「中年の独身男の家、ていってもこれはひどいですよね……。合田さん、見た目は気にしても、生活力皆無なんだ」
「晃司さんだって独身男の一人暮らしだけど、こんなに汚くないのに……」
汚部屋に動揺した大輔は、つい口を滑らせた。桂奈がニヤリと振り返る。
「あらぁ……休日は彼の部屋でお家デート、が定番ですか? 珍しいね、大輔くんが堂々と惚気るなんて」
「へ?! 惚気たわけじゃ……あんまり汚くて」
「晃司さん……か。近すぎる同僚だから、あんまり妄想しないようにしてるんだけど、やっぱり身近にイケメンカップルがいるって……美味しいね」
ムフッと桂奈のきれいな形の鼻が無様に膨らんだ。大輔が引いている間に、晃司が靴下が汚れるのも気にせず家に上がりこむ。
「こう……小野寺さん、スリッパ探しましょうよ」
「この家に、そんなもんあるわけないだろ。……掃除すっから、お前らさっきのショッピングモールで掃除用品買ってこいよ。これじゃ掃除機探してる間に朝になるぞ」
「ええ~! なんであたしたちが行くんですかぁ?」
「この有様で、合田さん家だぞ? お前ら……女子供に見せらんないようなものが、絶対に落ちてるぞ。俺が先に片付けとくから」
そう言いながら晃司は廊下の突き当たりの部屋に入った。晃司が見えなくなって、桂奈がなるほど、と納得する。
「確かに……とんでもないブツが出てきそ。小野寺さんてば気が利くじゃん。……じゃあ小野寺さん、適当に掃除用品買ってきますね! 必要なものあったらメールください!」
中に向かって桂奈が大きな声で話す。お~、気をつけてなぁ、と晃司から返ってきた。
「じゃあ……面倒だけど行ってこよ、大輔くん」
桂奈は納得して合田の家を出たが、大輔はまだ不服そうだった。
「……女、子供……?」
晃司に子供呼ばわりされたことが引っかかる、子供な大輔だった。
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