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チチの秘密 3
「いらっしゃい、大ちゃん。あら、この前会った時よりまた素敵になったんじゃない?」
大輔と晃司は、マヤからの電話でピーチバナナに呼び出された。仕事で何度も訪ねた馴染みの店に入ると、狭いカウンターから電話越しよりもひどいガラガラ声で歓迎された。
「ご無沙汰してます。マヤさん……風邪ですか?」
「あらっ、心配してくれるの? ウレシイ~。でも風邪じゃなくて、昨日お店の子たちと久しぶりにカラオケなんかいっちゃって、ハシャギすぎちゃっただけなの」
ウフフ、としなを作った声までガラガラだったが、風邪ではないというので安心する。言われてみれば、声は辛そうだが、肌の状態や血色はすこぶるいい。白い肌はツヤツヤしている。
マヤは華やかな顔立ちとスレンダー体型を合わせ持つ、見た目だけならキレイなお兄さん、だ。
「そうなんですか。随分盛り上がったんですね、カラオケ」
「たまに行ったらついつい歌いすぎちゃった。大ちゃんはカラオケ行く? 今度一緒に行きましょうよ、大ちゃんの美声に酔いしれたいわぁ」
「え? ああ……俺、カラオケはあんまり行かないです。歌も上手くないですし」
「やだ、今の若い子はカラオケ行かないってホントなのね。つまんなぁい」
「お前のカラオケなんかどうでもいいんだよ。忙しい警察官を呼び出して、なんの用だ」
ダラダラと続くカラオケ話に痺れを切らした晃司が話を打ち切る。マヤは大輔に見せる笑顔とは打って変わった仏頂面を晃司に向けた。
「も~、なんでいっつも小野寺さんがついてくるのよ。あたしは、大ちゃんに用があって電話したのよ」
「大輔一人でお前と会わせられるか、丸め込まれるのは目に見えてるからな。で、なんで俺らを呼び出したんだよ」
「感じワルッ。じゃあ言わせてもらうけど、文句があるのはこっちの方よ。一体いつ入るの、南口のチャイエスの摘発」
マヤと晃司は古い付き合いなのに、いつまで経っても仲が悪い。マヤが晃司をギロリと睨みつける。
睨まれた晃司はまったく動じず、面倒臭そうにした。気まずい空気が流れるが、大輔はウンザリしている晃司に感心してもいた。さっきマヤから電話があった時点で、晃司はマヤが大輔を呼びつけた理由を言い当てていたのだ。南口のチャイエス絡みに違いない、と。
しばらく睨み合った後、晃司がフンと鼻を鳴らして皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……俺らに探りを入れろって、カレシからおねだりされたか? 目障りだもんな、あのチャイエス。北荒間の目と鼻の先で商売されて、お前のカレシもそろそろキレそうなんだろ」
マヤは、北荒間をシマにしている景成会の幹部構成員の情夫(イロ)だ。その繋がりで、景成会はマヤを通じて大輔たち――警察――に接触してくることがある。
「べっつに、怒ってるのはうちの人の周りだけじゃないわよ。北荒間の組合の会合でも話題になってるの。あんたたちがチャイエスの摘発に入るって話が出たのに、いっこうにその気配がないってね」
「おいおい、そのネタはガセだろ。摘発の情報がお前らに洩れてるとしたら……そっちの方が聞き捨てならねぇな」
「うるっさいわね、ネタの出所なんてどうでもいいから、さっさと摘発してよ。北荒間の店はどこもあんたたちの言いつけ守って、まっとうな商売してんのよ? それなのに南口の違法店を放っておかれて、あっちに違法なチャイエスが増えたりしたら、たまったもんじゃないわよ」
マヤの言うことはもっともで、チャイエス店の摘発を仕切るはずだった大輔はいたたまれない。困って晃司を見ると、晃司も大輔を見つめてなにか考え――それからマヤに向き直った。
「ちょっとな……面倒なことが起きてる。マヤ、内海組、はもちろん知ってるよな?」
内海組――の名に、マヤがわずかに表情を変える。
「知らない、とは言わせねぇぞ。お前らは俺たちより先に、その名前にたどり着いてたはずだ。去年、北荒間で本デリ開いて荒稼ぎした憎い商売敵、だからな」
晃司が畳みかけると、マヤも少し考え込み、重い口を開いた。
「……まさか、あのチャイエスも内海組が出店したっていうの? チャイエスってバックは大抵中国マフィアでしょ」
「確かに、あの店に直接関わりがあるのは、玄武っていう中国マフィアだ。ただな、その玄武と組んでる日本のヤクザがいる。それが内海組だ」
「こ、晃司さん?!」
いきなり全部マヤに明かした晃司に、大輔が慌てる。マヤに伝われば、それは景成会の幹部の耳に届くということなのだ。
「いいんだよ、大輔。どうせ遅かれ早かれ景成会の耳に入る話だ。つうか、内海組だってあいつらの方が早かったんだ、もう知ってる話かもしれねぇぞ」
晃司はそう言ったが、マヤは深刻な様子で黙った。睨むのではなく、思い悩むように晃司を見つめる。
「あの内海組が……て感じでもないわね。金儲けができるなら、平気で他の組や外国マフィアとも組むような輩よ。いかにも最近の半グレ、反社グループってやつ。節操なしで凶暴よ」
「……景成会にとっては目の上のタンコブ、だよな。県内では振り込め詐欺で相当儲けてるし、北荒間にもチョッカイ出して、締め上げた後も平気ですぐ向かいの南口に、今度はチャイエス出店だ。いい加減、叩いておきたいだろ?」
マヤから内海組に関する情報を引き出すためだろうが、こういう時の晃司は――どちらがヤクザかわからない悪い顔になるので、大輔は毎度呆れてしまう。公にできない情報源とやり取りする晃司の目は、生き生きと輝いている。
マヤの方が根負けし、ハァと息を吐いた。
「ここ数年、暴対法の適用がさらに拡大して、暴力団員が新規の銀行口座を開設できなくなったでしょ。それどころか、口座の強制解約まで相次いでる。キャッシュカードが使えなくなる前に、先に引き出すヤクザも多いわ。海外のオフショア口座なんかに移すの。当然内海組も、詐欺やチャイエスで儲けた金を国内から移動させてるでしょうね」
「……内海組の金の流れを追えってことか?」
「そう簡単じゃないわよ、あそこは金勘定に長けた組員が何人かいるみたいだから。正直、景成会でも欲しいぐらいの人材ですって。組事務所も持ってないくせに、儲けた金の行方がサッパリなのよ」
「荒稼ぎした金を、上手く隠してどっかに蓄えてるのか。当然、内海組をぶっ潰したい景成会も、内海組の金の流れを調べてる。だけど、特定の事務所を持たない内海組の金庫がなぜか見つからない」
「アチコチ移動させて、完全にキレイなお金に変えちゃうらしいのよね。だから内海組の儲けは、いつのまにかどこかに消えてるの」
「そんだけきれいに洗浄できるんなら……図々しく銀行に預けてるってことはないか?」
「さぁねぇ……最近はどこの銀行もヤクザに冷たくて、なんにも教えてくれないのよ。少し前まで散々ヤクザと一緒に儲けてたくせに、手のひらクルクル返しちゃって、薄情な連中。どんだけお堅い職業ぶっても、所詮金貸し、ヤクザの親戚みたいなもんなのにねぇ」
「……随分過激な言い分だな」
大輔は二人の会話を聞きながら、必死で頭を働かせた。金、金、金――と考えを巡らせるうち、最近大量の現金を見たことを思い出す。
紙袋に乱雑に突っ込まれた、大量の現金を――。
ハッとし、晃司の腕を掴む。晃司も同じタイミングで気づいたのか大輔を振り返った。二人の視線が――答えが、ピタリとハマる。
「あの紙袋……内海組の下っ端がチャイエスに持ち込んでる紙袋!」
大輔が興奮して早口で言うと、晃司が大きく頷いた。
「あのチャイエス、商売っ気がないわけだ。店を金庫代わりにして、資金洗浄に使うのが目的だったんだ。てことは……玄武や内海組が結花の親父さんに近づいたのも、金持ちのリストが欲しかったっていうより、やっぱり銀行代わりに使うつもりだったんだな」
「チャイエス以上に使い勝手がいいですよね。不動産屋なら、数千万円単位のお金を動かしてもまったく不自然じゃないですもん」
「あら、大ちゃんってば随分お利口になったのね。ますます男っぷりが上がっちゃって、眩しいぐらい。そんな大ちゃんに、もういっこ教えてあげるわ」
息が合った大輔と晃司の様子を、マヤは面白そうに眺めていた。
「外国マフィアが使う、闇銀行とか地下銀行とかは大ちゃんも聞いたことあるでしょ? 日本で儲けた怪しいお金を、本国に送金するために利用されるやつね。玄武ってマフィアも……きっと使ってるんじゃないかしら」
大輔はまたひらめいて、握った晃司の腕を揺すった。
「もしかして……内海組が玄武と組んだのは、海外に資産を移動させる手段が欲しかったから、じゃないですか?」
「ああ……だな。地下銀行経由で、マカオかシンガポールあたりに移動させてるんだろ。……マヤ、今回はやけに親切に教えてくれるじゃねぇか。カレシがよっぽど焦ってんのか、チャイエスに売り上げ奪われたら困るって」
「言ったでしょ、うちの人っていうより、北荒間の総意なの。早く違法風俗店を摘発してくれって」
「ま、どっちでもいいけどな。摘発は近いうち入るから、もう少し待ってくれって組合の奴らに言っといてくれ。あと今の話、カレシに言うのは構わねぇけど、俺らより先に内海組に手出ししたら許さねぇって伝えとけ。……じゃあ、邪魔したな」
重要な新情報を得られたので、晃司はさっさと帰ろうとした。しかしマヤに、ちょっと、と引き留められる。
「ねぇねぇ、最近、組対三課の合田さんと仲良くしてるんでしょ?」
大輔はギョッとしてマヤを振り返った。知ってはいたが、マヤは地獄耳だ。県警内部の事情に明るすぎる。晃司も不満そうだった。
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「あたしはなんだって知ってるわよぉ。ね、今度、お店に合田さん連れて来てよ。あたし、あの人メチャクチャタイプなのぉ~。格好いいわよねぇ」
ほう、と乙女のようにウットリするマヤに大輔はポカンとした。晃司はウゲェと、声には出さず顔に出した。
「ないな、合田さんはお前みたいな痩せてる男は好きじゃないと思うぞ。つうか、いくらあの合田さんでも景成会幹部のイロに手を出すかよ」
「やだぁ、手を出すのはあたしの方よぉ。あのムチムチの雄ッパイ揉みしだきながら、バックからガンガン掘り倒したいのよねぇ。奥を突きまくってヒィヒィ言わせたいわぁ。……あぁあん、想像しただけでムラムラしちゃう!」
そこで大輔の想像力は――限界を迎えた。マヤは細身の美形で、合田はゴリゴリのセクシーマッチョだ。大輔の常識では、二人のいわゆる受攻は逆だった。
(……桂奈さんに解説してもらったらいいのかな?)
困惑する大輔の耳を、晃司がソッと塞ぐ。
「大輔、お前は聞かなくていいし、絶対に想像もするな。お前の脳と精神が……破壊される」
「なによそれ! 人を閲覧注意扱いしないでよ!」
マヤはプンプンと怒ったが、晃司はこれ以上付き合っていられないと無視し、大輔の手を引いてピーチバナナを後にした。
マヤ×合田――想像しようにも、あまりに知識が足りない大輔だった。
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