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事件は〇ッパイとともに 4
その日の午後。大輔と晃司は荒間駅南口の改札にいた。都内の大学に通う結花と待ち合わせるためだ。
「……結花さんて、かなり可愛いですよね」
昨日から二人でゆっくり話す機会がなかったので、結花を待つ間にとうとう言ってしまった。昨日からのモヤモヤを、イヤミをタップリ込めて――。
「なんだよ、お前、女にも興味出てきたのか? 勘弁してくれよ」
大輔の皮肉など晃司には一ミリも通じなかった。からかうように笑われる。
「興味があるのは俺じゃないです。……晃司さんのタイプですよね、可愛らしくって、それでいて胸が大きい人」
「まぁな。細身の美人、よりはムチッとしたタヌキ顔が好きだけど……男ならスラッとした爽やかイケメンがタイプだぞ?」
誰とは言わねぇけど、と意地悪に笑う恋人に、大輔は簡単に黙らせられてしまう。もっとイヤミを言ってやりたいのに、嬉しくってなにも言えなくなった。
そうですか、とニヤけそうになるのを堪え、赤い顔を誤魔化すために改札に顔を向けると、ちょうど結花が出てきた。
「……すいません、お待たせしました」
結花も大輔たちに気づき、小走りでやって来る。七分丈のフワリとしたデザインのブラウスを着ていても大きな胸は隠しきれず、リズミカルに揺れていた。
晃司の方はもう――見たくなかった。結花に向き合う。
「えっと、うちは南口の方なんですけど」
「ご自宅の住所は昨日教えてもらったので確認してます。近いから車で来なかったんですが、歩きでいいですか?」
「はい。うちの近く駐車場ないんで、歩きの方がいいです」
「じゃあ、行きましょうか」
なるだけ晃司と結花を会話させたくなかったので、率先して結花に話しかける。大輔が結花の隣に並び、二人の一歩後ろに晃司がついて来て、三人は荒間駅を後にした。
「そういえば、昨日は大丈夫でしたか? あの後お店に戻って……なにか聞かれました?」
「刑事さんたちの予想通り、私が刑事さんたちと歩いてるところ、店長に見られてました。だから言われた通り、ナンパしてきた男がしつこかったから、だったらバイト先に会いに来い、そこのエステ店で働いてるからって突っぱねたら逆ギレされて、客引きは条例違反だとか因縁つけられて……荒間署に連れて行かれたけど怒られただけだって話しました」
「店長、信じてくれました?」
「お店を疑われてると思ってないんですね、それか私が日本人だから怪しまれないと思ったのか……特になにも。ナンパしといて客引きはひどい、日本の警察も中国の公安と変わらない、とは怒ってましたけど。……あと、日本の警察はそういう点数稼ぎ? みたいなことばっかしてるって。スピード違反の取締りと同じだ、とか」
「ははは……店長、中国人ですよね? 随分日本に詳しいんですね」
違法風俗店の店長に言われたくないが、痛いところは突かれた。大輔は乾いた笑いを零した。
「そうなんです。あと……これからあのお店を摘発しようとしてる刑事さんには悪いけど、店長とかお店の女の子とか、割といい人ばかりなんですよ。お店の雰囲気も悪くないし」
内偵中の店の内情を聞けるのはありがたいが、それは意外な内容で戸惑う。大輔は話題を変えることにした。
「……昨日の今日ですけど、お父さんから連絡は?」
「……ないです。小野寺さんに言われて、定期的に父の携帯にかけてますけど……電源が入ってないのか、切ってるのか、留守電になって伝言残してもかかってはこないです」
昨日、晃司は結花に父の携帯電話に定期的にかけ続けろ、と指示した。留守電になるうちは携帯が解約されていない、料金も支払われているはずだから父の生存確認になる、と。他人が父の携帯電話を盗んだかもしれないが、それでもわずかな手がかりにはなる、とも。
(やっぱり晃司さんは、俺なんかよりずっと機転が利くんだよなぁ)
大輔は晃司への感心半分、羨み半分の複雑な感情を噛みしめ、晃司に負けたくない気持ちで結花本人や、父のことを訊ねながら結花の実家に向かった。
結花の実家は、荒間駅南口から徒歩で十分ほどの、古い住宅街にある。戦後すぐからある住宅街で、大きな家も多い。結花の実家も、建物は古いが手入れの行き届いた庭がある、広くて立派な家だった。孟徳が継ぐ前から不動産屋は上手くいっていたようだ。
「お父さんがこんなことになっちゃって、実家に帰ってきてもいいんですけど……」
実家の小さな門の前に着くと、結花が生まれ育った家を見上げて寂しそうに零した。それから肩に下げたバッグを下し、鍵を探す。
「あれ? ここのポケットに入れたと思ったんだけど……」
「……ちょっと待て」
結花に嫉妬した大輔を気遣ったのか、ここまで結花と積極的に会話しようとしなかった晃司が突然低い声でそう言った。そしてカバンを探る結花の手を引き、自分の後ろに回す。
「……小野寺さん? どうしました?」
「門が開いてる」
言われて見ると、胸の高さの鉄製の門扉がわずかに開いていた。
「え? この前来た時……閉めて帰ったはずなんですけど」
「結花はここで待ってろ。……大輔」
「は、はい!」
晃司が門を開けて先に中に入った。大輔も慌てて追う。コンクリートの小道を通って玄関に着くと、晃司が玄関越しに息を潜めて中の様子を窺っていた。
人の気配はしなかった。しかし、晃司がドアノブに手を伸ばし、二人とも一気に緊張した。
古いタイプの玄関ドアは、鍵穴は一つしかなかった。その鍵穴に、新人の大輔でもわかる大きな傷があった。明らかに、ピッキングされている。
晃司がドアノブを回すと、案の定鍵は開いていた。中を確認するまでもない。空き巣が入ったのだ。
「……大輔、署に電話。応援……つうか盗犯係を呼んでくれ」
「わかりました。……あ、晃司さん! 一人で入らないでください! まだホシが中にいるかも……」
「だったら現逮(げんたい)だな。また点数稼げる」
晃司がドアを開ける。広い三和土を上がった廊下には、ハッキリと靴跡が残っており、それは中に続いていた。
大輔は青くなった。
結花の実家は、何者かにメチャクチャに荒らされていた。
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