事件は〇ッパイとともに 5

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事件は〇ッパイとともに 5

結花を連れて結花の実家に向かった大輔たちだが、結花の実家に足を踏み入れることはなかった。そこが空き巣被害の現場となったため、現場保全を考えて外で待機したからだ。 空き巣事件を担当する刑事課盗犯係が来てからは、生安課の新人の大輔にすることはない。盗犯係と鑑識係が捜査している間、晃司は不安そうにする結花のそばに寄り添っていたが、そんな気の利いたこともできない大輔は、せいぜい署との連絡係をするぐらいだった。 結花のそばにいる晃司を見ても、ヤキモチも焼かなかった。自分のいたらなさに落ち込むだけで。 型通りの捜査が終わると、結花は荒間署に同行して盗犯係、強行犯係と立て続けに事情聴取を受けた。父の捜索願を提出しているからだ。 失踪した父が娘に実家には帰るなと伝言し、その実家が空き巣に遭った。ついに刑事課も事件性を認め重い腰を上げるかと思われたが、荒間署で大輔たちが颯太郎から聞かされた話は耳を疑うものだった。 「自作自演だぁ?!」 晃司の大きな声が響いたのは、二階の刑事課ではなく、三階の生活安全課の隅の応接スペースだ。 「家ん中見ただろ?! あんなにメチャクチャにひっくり返されて……あれが、行方不明の家主が自分でやったていうのか?! 玄関の鍵までぶっ壊して?!」 「俺に怒らないでくださいよ……係長の判断ですってば」 怒鳴りつけられた颯太郎は、申し訳なさそうにはしていたが、あまり怖がってはいない。さすがに刑事課刑事、ということだろうか。元捜一の先輩刑事にも気後れしないのだ。 「それにちゃんと調べましたよ。通帳の類がなかったので、娘さんの協力で取引があった銀行口座は停めましたけど……そもそも、その口座はすでにスッカラカンなんですよ、孟徳さんがいなくなる前に自分で引き出してたから。もちろん、預金を引き出しに来た人間がいたら連絡するようには手配しましたよ。でも……それ以外は貴金属類も、持ち出せそうな家電類もなにもなくなってなかったんですよ? 係長が自作自演を疑うのも無理ないです」 「だったら……なにか別のものを探しにきたのかもしれないだろ? そのせいで結花の親父さんは事件に巻き込まれて行方をくらました、とか考えられないのかよ」 「飛躍しすぎですって。だって、孟徳さんは模範的な市民だったんですよ? 自宅になにを隠してたって言うんですか」 「なんだってそんなに腰が重いんだ? まさか……結花の父親が帰化した中国人、だからじゃないだろうな。外人の失踪事件なんていちいちまともに取り扱ってられないって? そんな魂胆なら、人権派マスコミにタレこむぞ」 「ちょっと待ってくださいよ! さすがに係長もそんなことは考えてませんって。てゆうか、俺に怒らないで下さいよ。……こうなるってわかってて、俺を小野寺さんとこに寄こすんだから、うちの係長も人が悪いよな」 いつも飄々とした颯太郎も、晃司の剣幕に困惑しきりだ。 応接スペースには、大輔と晃司、颯太郎、強行犯係の事情聴取を終えた結花、それに一太がそれぞれ開いたソファや近くの椅子に座っていた。桂奈はどこかに出かけて不在だ。 晃司と颯太郎のやり取りを眺めるだけの大輔は、相変わらずどうしてよいか悩むだけ悩んでなにも出来ないでいる。実家が空き巣に遭った結花はショックで落ち込んでおり、不安そうに俯く彼女を見ていると胸が痛んだ。そんな彼女に、少し雰囲気の違う視線を送るのは――一太だ。 さっきから一太は結花のことをジッと見つめている。大輔と同じく彼女を心配しているのかと思ったが、その目は大輔とはどこか違った。こんな時なのに、キラキラと輝いているようなのだ。 (一太さん、もしかして……) 鈍感な大輔もさすがに気づくような視線だった。 「もういいよ、俺が直接強行犯係の係長に話つけるわ。南雲(なぐも)さん、下にいるんだろ?」 「小野寺さん、それは勘弁! 話が大きく……ややこしくなります」 「そうですよ、小野寺さん。俺たちが刑事課のやり方に口を出したりしたら……うちの原係長だっていい顔しませんよ。落ち着ましょう」 怒り猛った晃司を、大輔も慌てて止める。普段は給料泥棒の悪徳刑事を地でいく晃司だが、本当は人一倍正義感が強く、いったん熱くなると周りが見えなくなるのだ。 「俺たちの事情なんか、結花や結花の親父に関係ねぇだろ! 自分の仕事しろって言ってんだ! 父親が帰ってこない、実家はメチャクチャに荒らされてる。それなのに、父親は自分でいなくなったんだって警察に言われて娘が納得できるか? その理屈を通すなら、結花を……娘を納得させられる物証を見せろってんだよ!」 低い怒鳴り声は怖ろしいほどだった。しかし、その怒鳴り声に顔を上げた結花は怯えではなく、もっとプラスの感情の目を晃司に向けた。 こんな時なのに、結花を不憫に思うのに、大輔の胸がチクチク痛む。父を思い、不安や恐怖で打ちひしがれそうな結花にとって、正義感の強い警官――晃司の言葉がどれほど心強いか理解できる。そしてその思いは――男女だったらすぐに別の形に昇華することも大輔にだってわかった。 大輔の複雑な感情は自分勝手で私的なもので、この時、本当に気の毒だったのは颯太郎だ。彼は直属の上司と尊敬する先輩の板挟みにあっているのだから。 大輔は自分の情けない私情を抑え、同僚の警官として晃司に語りかけた。 「……小野寺さん、颯太郎さんに怒鳴り散らすのは違いますって。行方不明案件とは無関係の俺たちに、わざわざ説明しにきてくれたんですよ? 颯太郎さんは善意でしてくれてるんです。でも……颯太郎さん」 大輔は怒れる晃司から困りきった颯太郎に振り返る。 「孟徳さんから結花さんへの最後の電話は、俺もすっごく変だと思います。覚悟の失踪の前に、娘に電話するのはわかります。だけど、その最後の言葉が……実家に帰るな、は絶対おかしいですよ。普通、別れの言葉って、元気でとか、ありがとうとかごめん、とかじゃないですか? 孟徳さんの伝言は、別れの言葉じゃない。……警告、ですよ」 感情的になった晃司に代り、大輔が冷静に訴える。颯太郎は腕組みをして唸った。 「……そうだけど……。だからって、俺になにかできるわけじゃ……」 「できることはあるだろ。南雲係長にもっと掛け合え。上の言うこと聞いてるだけじゃ出世できねぇぞ。……それとも、やっぱり俺が南雲さんとこ行くか?」 「それだけは勘弁してください。……うちの係長おっかないし、小野寺さんとは……」 強行犯係の南雲係長は、優秀だが冷酷なほど厳しいことでも有名だ。保安係の原のように部下の好きにさせることは一切なく、部下を徹底的に管理下に置く男だ。だから上司の言うことなど半分も聞かない小野寺と反りが合わないことは想像できたし、大輔は詳しく知らないが、以前二人の間には実際に諍いが起こったらしい。 「だったら、お前が南雲さんを説得しろ。もし万が一、結花の親父さんになにかあったら……俺はこのこと全部、然るべきとこに暴露するからな」 晃司が颯太郎に容赦なく凄む。大輔だったら涙目になってしまいそうだが、颯太郎は困った様子は見せても怯む素振りはなかった。わかりました、と答えた顔は面倒なことになった、とハッキリ書いてあったが。 気まずい沈黙が流れた後、颯太郎が生安課を出ていった。去っていく大きな背中は少しだけ丸まっていた。 「……で、後は結花だな」 丸まった後輩の背中を睨んでいた晃司が結花に振り返る。 「さすがにあの店でのバイトは辞めるだろ? まだ証拠はないが、親父さんがトラブルに巻き込まれてる可能性は高い。店との関係はわからないが……お前があそこでバイト続ける意味はないだろ」 「そうだよ!」 突然大きな声を上げたのは一太だ。大輔も結花も――晃司も驚いて一太を見る。 「まだお店には下の不動産屋の社長の娘だとは知られてないって聞いてるけど……もしあの店もお父さんの失踪に関わってたら、ゆっ結花さんも危険だと思う!」 一太が早口で捲し立てる。結花に話しかける機会をずっと窺っていたのだろう。やっと見つけたチャンスに無理やり割り込むも、気合いが入りすぎて声のボリュームがおかしいし、早口で聞きづらかった。 (一太さん……必死すぎです) 童貞の自分が言えた立場ではないが、大輔でもツッコミたくなった。 「……だな。俺もそう思う。だから結花、もう店には出るなよ」 「私……辞めません」 危険だと諭された結花だが、晃司を見てハッキリと提案を拒否した。――一太の方は一ミリも見ずに。 「さっきの刑事課の刑事さんの話じゃ、まだ事件として扱ってもらえるかわからないんですよね? 小野寺さんたちは親切にしてくれてるけど……だったら、私は私ができることをします。もし、あの店が父の失踪と関係あるなら、あそこで働いていればいつか父の行方を探す手がかりを見つけられるかもしれないし」 「いやいやいや……実家の惨状見ただろ? あれが親父さんの自作自演じゃなかったら……犯人は相当乱暴な奴、もしくは奴らだ。お前もどんな危ない目に遭うかわかんねぇぞ」 「でも……なにもしないではいられないんです。だって、こんなことになるまで私、お父さんが悩んでるなんて知らなくて……」 結花の大きな目に涙が溜まり、晃司が辛そうにする。 「ずっと、お父さんと疎遠になってて……お父さんから連絡あっても無視したりして……お母さんが亡くなって本当は寂しいはずのお父さんを放っておいて……結局、大変なことになっちゃったんです。私がもっとちゃんとお父さんと向き合っていれば、自分でいなくなったにしても、事件だったとしても、もっとなにかわかったかもしれないのに……。だから私、お父さんが帰ってくるのを、ただ待ってるなんてできないんです」 結花は若いのに気丈な人だった。涙は零れる前に自分で拭い、晃司から目を逸らさず訴え続けた。 一回り以上年下の女の子の真剣な眼差しに、ついに晃司も根負けして大きく息を吐く。 「……だったら、本当に無茶だけはすんなよ? 危ないと思ったら、すぐに引け。まぁ……あの店だったら俺らがしばらく張ってるから、バイト中にヤバくなったらすぐに店から飛び出して来い」 「……小野寺さんが、ずっといてくれるんですか?」 「交代で、な。俺だってそこまで暇じゃないんだよ」 「そうなんですか? 小野寺さんて真面目で品行方正なお巡りさん、じゃないでしょ?」 「……お前になにがわかるんだよ」 晃司がばつが悪そうに言うと、結花は小さく笑った。泣きそうな顔の後の笑顔は格別だ。晃司も結花の笑顔につられて笑った。 大輔は――表情を無くした。目の前で恋人が他の女性と二人だけの世界を作り、見つめ合って微笑み合っていれば、どんなに心の広い男でもそんな顔になるだろう。 (……晃司さん、俺がここにいるの忘れてる?) 童貞の大輔には、恋人ではない女性との適正な距離感などわからない。だから晃司の振る舞いが過剰なものなのかはわからないが、晃司を見つめる結花の目が――ただの親切な警察官を見る目ではないことぐらいはわかった。――童貞でもわかるほど、露骨だった。 それはもう一人の童貞も同じだったらしい。一太がたまらず邪魔に入る。 「あの! 今日は俺がお店張ってますよ! 小野寺さんや大輔は……ほら、色々調べることがあるだろ? で、お店終わったら、俺がアパートまで送るから、ゆっ結花さん安心してください!」 (一太さん、ナイス!) 結花の名前を呼ぶたびにどもってしまうのが最高にダサいが、聞かなかったことにする。口にはしないが、大輔は一太を猛烈に応援した。 しかし、若い女性は残酷だ。結花は一太の申し出に、あからさまに残念そうな顔をした。 「……ありがとうございます。本当にいいんですか? 皆さん、忙しいんですよね……」 「俺はちょうど暇なんで、気にしないでください!」 一太が食い気味に答え、結花は大きな目を丸くした。一太の必死なアピールは滑稽だったが、大輔にとってはありがたかった。 これ以上、晃司と結花を接近させてはいけない。童貞のなけなしの勘がそう知らせていた。 大輔は早く晃司に結花のことをどう思っているのか問い詰めたかったが――事件がそうはさせてくれない。大輔と違って仕事のできる晃司はその後、調べたいことがあると言って自宅には帰らず、どこかに出かけた。 大輔のヤキモチは一晩持ち越され、さらに大きく膨れ上がることになった。
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