オ・ト・ナの合宿生活 6

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オ・ト・ナの合宿生活 6

その夜、大輔は桂奈、一太、それに今夜はバイトがない結花とともに合田宅にいた。 晃司は合田となにか調べに出かけてまだ戻っていない。喧嘩の後に憂さ晴らしに出かけたと思ったが、合田に呼び出されていたのだ。こんな時に晃司が合田と二人でいると思うと――気が遠くなるほど不安になるが、自業自得なので堪えるしかない。 合田宅の四人は夕食をすませた後、リビングテーブルに菓子を並べてマッタリタイムを過ごしていた。不思議なもので、オジサン二人がいないと誰も酒を飲もうとしない。コンビニ菓子とジュースを囲んで喋っていると、本当に修学旅行か合宿の夜のようだった。 「結花ちゃん、今日はバイトないけど……ほんとにイヤな目に遭ってない? 実はキツかったりしない?」 チョコミントアイスを食べながら、姉御肌の桂奈が心配そうに結花に訊ねる。同じアイスを食べる結花は、そうですね、と首を傾げながら少し考えた。 「そんなでも……ないです。今のところ、キツい目にもあってないし、怖い思いもしてないですよ。お店はまぁまぁ暇だし、前にも話しましたけど、店長や他のスタッフもいい人が多くて……楽なぐらいです」 「でも……健全なサービスだけしてるわけじゃないでしょ? お客に迫られたりしない?」 「まぁ酔ったお客さんなんかが触ろうとしてきますけど、店長がイヤだったらすぐ声かけてって言ってくれてるので、困ったらスタッフを呼んで助けてもらってます。そういうサービスしてる女の子も、お店からの強制は一切ないみたいですよ。メニューにないサービスの料金は、ほとんど全額女の子自身が受け取ってるみたいだし」 「……お店は、女の子がメニュー外のサービスしてることは把握してるんですよね?」 ストロベリーアイスを食べていた大輔が、女子二人の会話に割り込む。先延ばしになっているが、あの店の摘発の担当は大輔だ。店の内情は大いに気になる。 「それはわかってると思います。女の子たち、待合室で堂々と別メニューで受け取ったお金を数えてるし」 「それなのに、お店は上前跳ねようとはしないんだ。そんなんであの店、儲かってるんですかね」 大輔は困惑し、眉間に皺を刻んだ。 「私も思います。……なんかあの店長、儲ける気がなさそうっていうか……商売っ気がないんですよね。常連? なのかな、毎日のように来るお客さんが一人いるんです。もともと店長の知り合いなのか、いつも紙袋に入ったお土産かなにかを店長に渡して、マッサージ受けて帰ることもあれば、お喋りだけして帰っちゃうこともあるんですよ」 結花の話に、大輔だけでなく桂奈や一太も目を瞬かせる。 「ヤクザにピンハネされるわけでもないから、ノンビリしてるのかな? それにしたって、ある程度の売り上げは出さなきゃ、お店潰れちゃうよね。家賃も安くないでしょ、駅前の再開発地区なんだから」 桂奈がそう話し、大輔はふと思いついた。 「そういえば家賃はどうしてるんでしょ。払う相手の不動産屋は休業状態で」 ああそれなら、と一太が答える。 「今まで通り、結花さんのお父さんの会社の口座に振り込んでるんじゃないかな。会社名義の口座は今まで通り使えてるから、他の月極駐車場やアパートの契約者も賃料はそのまま引き落としされてるらしいよ」 「一太さん……どこでそんな話を?」 「結花さんがお店にいる間、ちょっと南口で聞き込みしてみたんだ。商店街の駐車場なんかも結花さんちのとこが多くて、引き落としは普通にされてるから、結花さんのお父さんが失踪してること知らない人、何人もいたよ」 「お店のパートさんは解雇して、退職金も少額だけど払ってた。でも……完璧に事務処理してったわけじゃないんですね。事前に準備してたようだけど、やっぱり急にいなくなったような……」 そこまで口にしてから、大輔は慌てて口を閉ざした。結花の前で無神経だった、と。 結花を見ると、気まずそうに、寂しそうに俯いている。大輔はどうフォローしたらよいか悩み、なにも言えないでいると、そうそう、と一太が結花に明るく声をかけた。 「お父さんのこと、南口の商店街で聞いてたらね、昔からお父さんのこと知ってる人はみんな心配してたよ。お父さんの会社に不動産の管理を依頼してたオーナーとかも、お父さんは真面目で働き者だから安心して任せられたのに、お父さんがいないと困るって。それにお父さん、すっごい二枚目のイケオジなんでしょ? 商店街の奥様たちがそう話してた」 一太はちょっとと話したが、随分真剣に聞き込みをしたらしい。父の明るい話に、結花が少し元気を取り戻す。 「娘からしたら……普通のオジサン、ですよ? でも、父が学生時代に荒間駅の……昔の南口の古いラーメン屋でアルバイトしてて、その父に母が一目惚れして、母から猛アタックした、とは聞いてます」 「その話、商店街の人も知ってたよ。お母さんも美人で有名だったから、美男美女でお似合いだったって」 「え~、本当ですか? 恥ずかしい~」 結花が声を立てて笑うと、一太は心底嬉しそうにした。毎日結花に張りついていた成果はそれなりにあったようだ。二人は、大分打ち解けている。 「お父さんて、日本の大学に通ってたんだ」 アイスを食べ終えた桂奈が、スナック菓子の袋に手を伸ばしながら訊く。 「はい。中国でお金溜めてから日本の大学に通ったんで、大学に入ったのは二十五歳ぐらいだったかな? それで学生時代のアルバイト中に母と出会って……父が大学卒業後に、もう短大を卒業して祖父の不動産屋を手伝っていた母と結婚したって聞いてます」 「お父さん、苦労人なんだねぇ」 そんな風に結花や父の話をお菓子片手にのん気に話していると、玄関が開く音がしてオジサンたちが帰ってきた。 「……お帰りなさーい。遅かったですね」 桂奈が玄関に向かって大きな声をかける。その間もスナック菓子をつまみながら。 大輔は、本当は駆け出して迎えに行きたかった。今日の午後の数時間、晃司が合田と二人きりだと知ってからずっと気が気じゃなかったのだ。あんな喧嘩の後で、桂奈の発言もあって、ないと信じているが、晃司が合田とどこかで休憩していたら――と。 「あー、ちょっとな。……て、パジャマパーティーかよ」 リビングに入ってきた合田がお菓子、アイス、ジュースが並ぶリビングテーブルを眺めて苦笑する。 「最近の若者はアルコール離れが著しいですから。夕飯食べる時間あったんですか? お惣菜、色々冷蔵庫に入ってますよ」 「おう、サンキュ。途中で晃司と食ってきた。……ビール飲む奴いるか?」 合田がキッチンに向かう途中で訊いてくれたが、手を挙げたのは続けてリビングに現れた晃司だけだった。 合田はまた苦笑いして、五百ミリリットルのビール缶を二つ持って大輔たちのそばにきた。 四人は床に座ってテーブルを囲んでいたので、晃司と合田は自然とソファに並んで座った。合田が晃司にビールを渡し、晃司がどうも、と受け取る。なんでもないやり取りだが、大輔はそれすら怪しんでしまった。 (また晃司さんにベタベタする気じゃ……) 晃司の隣に座る合田に目を光らせるが、この場で晃司にセクハラするほど合田も常識知らずではなかった。ただ、別の意味で大輔は気になった。合田も、晃司も――どこか暗い。 「……なにか、良くない話ですか?」 同じように察した桂奈が、大輔より先に合田に訊ねる。 合田は缶ビールをグイッと煽り、それから大きく息を吐き、結花を見た。 「あのな、結花さん。勝手に悪いんだが……お父さんのこと、調べさせてもらった。中国にいた時のことをな」 合田の神妙な話し方に、結花もなにか感じ取って体を強張らせた。 「俺は、外国人組織犯罪を担当してる。そのコネで……お父さんの、孟徳さんの過去を調べてきた。結花さんに聞いたお父さんの話の裏付けもしたくてな。それで……娘のあんたにはちょっと……辛い過去がわかったんだ」 「……父に、どんな過去があったていうんですか?」 「お父さんな、昔……若い時、玄武のメンバーだったらしいんだ」 結花が、息を呑む。大輔も――桂奈も一太も同じ反応になった。 「そんなの……信じられません! お父さんがそんな……」 「残念だが……これは確かな情報なんだ。まだ確認しなきゃいけないことはあるが、孟徳さんが玄武のメンバーだったことは事実だ」 合田は辛そうだったが、誤魔化すことなく打ち明けた。結花は深呼吸し、それから絞り出すように言った。 「……お父さん、マフィアだったってことですか?」 ああ、と静かに答えた合田に、じゃあ、と結花が噛みつく。 「お父さんは、中国で犯罪者だったんですか? マフィアって……いわゆる暴力団、反社会勢力ですよね?!」 「お父さんが向こうで罪を犯したかはわからない。公式のルートで調べたわけじゃないからな。ただ、お父さんが育った地方は中国国内でもまだ貧しい地域で、玄武に入ったのも生活のためだったかもしれない。だから、マフィアのメンバーだったからって犯罪者とは限らないんだ」 合田は精一杯結花を慰める言葉を選んだが、それはほとんど結花の耳に届かなかった。結花はショックのあまり言葉を失い、下を向いてしまった。 「そうだよ、結花ちゃん。もしお父さんが向こうで罪を犯して罰せられてたら、日本に来ることできないはずだもん。合田さん、お父さんの日本での経歴に嘘はないんですよね?」 桂奈も結花を励まそうとした。合田は、そうだな、と頷いたが渋い顔のままだった。 「結花さんに聞いた、孟徳さんの日本での経歴は完全に裏が取れた。でも……日本への入国手続きが完全に適正だったかは……まだ裏が取れていない」 つまり、向こうで罪を犯した孟徳が、なにか違法な手段で日本に入国した可能性もまだ捨てきれないということか。大輔は青ざめた。話がどんどん大きくなっていく。 「だからな結花、俺や合田さんは、親父さんの失踪には間違いなく玄武が絡んでると考えてる。親父さんの過去の話だけじゃなく、さっきうちの刑事課で確認してきたんだが……お前の実家に入った空き巣のピッキングの手口、玄武の仕業と思われる空き巣と一致したそうだ」 結花は血の気を失くし、叫びそうになるのを堪えるように口元を手で押さえた。 「……お父さん、無事なんでしょうか……」 結花の大きな目には涙が溢れている。濡れた目は晃司を縋るように見つめた。 晃司は結花をまっすぐ見つめ返し、諭すように語りかけた。 「実家の空き巣は、親父さんがいなくなった後に入られてる。あくまで想像に過ぎないが……親父さんはなにか、玄武の弱みになるものを持ってて、それと一緒に逃げた。それを探して玄武がお前の実家を家探ししたのなら、玄武はまだ親父さんを捕まえられていないってことだ。だから、親父さんはまだどこかで無事でいる、と俺は信じてる」 父の無事を信じている、という警察官の言葉に、結花がどれほど救われたか、鈍感な大輔でもわかる。涙で濡れた結花の目に微かに残った光は、晃司が灯したものだ。 「ピッキングの手口が玄武のやり口と一致したことで、実家の空き巣もやっと刑事課が動き出すことになった。そうすりゃ、親父さんの失踪も事件として捜査せざるを得なくなる。刑事課が捜査を始めれば、防犯カメラも調べられるし、携帯の位置情報も調べられる。必ず、親父さんは見つかるはずだ」 晃司の力強い言葉に結花の涙が乾いていく。結花の不安が軽くなることは良いことなのに、浅ましい大輔の心はざわついた。 「なぁ結花さん、空き巣の後、通帳類以外になくなったものはなかったんだよな? 店の方は荒らされてもいない。だからたぶん、玄武の奴らは探し物を見つけてないはずなんだ。あいつらが欲しいものはお父さんが持って逃げたのかもしれないが、もしかしたら、家とか秘密の場所に隠してるかもしれない。どこか……思い当たる場所はないか? 金庫とかそういう類で」 「金庫、ですか? ……お店にはあったと思いますけど、家にそんなものあったかな……」 合田の問いかけに結花が考え込む。わずかでも手がかりが欲しい警官たちは黙って待った。 しばらくして、結花が首を捻って自信なさそうに話し出した。 「そういえば……実家の台所に床下収納があって……昔は、おばあちゃんが糠漬けの樽とかお味噌をしまってたんです。でも、おばあちゃんが亡くなった後は、お母さんが使ってなかったからなのか、この前、空き巣が入る前に実家に帰った時、その床下収納の上にキッチンマットが敷かれて隠されてたんです。フローリング柄の、ビニール素材のマットです。だから、古くなった床の目隠しなのかもしれないけど……お父さんがそんなこと気にするんだってちょっと意外に思ったんですよね」 「床下収納、か。……そこは荒間署は確認してなかった?」 結花はまた少し考え、たぶん、と頷いた。 「合田さん、明日俺が見てきますよ。結花、悪いんだけど実家の鍵、借りられるか? 他は触らないから」 「それなら私も行きます」 「いや、お前は明日も大学があるだろ。学校はちゃんと行け」 「……じゃあ、私の部屋には絶対に入らないでくださいね」 そう言って結花が晃司を睨む。晃司は乙女らしいお願いに、入らねぇよ、と笑った。晃司が笑うと、結花も破顔する。 結花は、父の衝撃の過去を知らされて大変なショックを受けている。そして父の身を案じ、不安でたまらないはずだ。それなのに健気に明るく振舞う姿には、その場の誰も胸を打たれた。大輔以外は――。 (……結花さん、そんな笑顔で晃司さんを見ないで……) あまりにも自分勝手で冷酷な自分が嫌になった大輔は無理やり笑ってみたが、それは随分強張った笑顔だった。
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