璃子さんの神グラフィー

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璃子さんの神グラフィー

その日私は出会った、夫が撮ったベストショットに。 被写体は見覚えがあるどころか、 「地域サークルの友人だよ」 以前わざとらしく紹介された女友達だった。初対面で嫌な予感がした。その予感は的中。神グラフィーとして、スマホの写真の彼女は美しさと躍動感で輝いている。 テーマパークで犬のぬいぐるみを抱き微笑む姿が絵になっている。私より年上の癖に随分とあざとい。でも、美しい。悔しい。私は負けた。かろうじて平静を保っていられたのは、内々でアップロードされた写真で鍵がかかっていたから。 その写真を、 「どう、上手に撮れたでしょ?」 夫は悪びれもせずに私に自慢する。 眩暈がした。吐き気がした。頭痛がした。 夫のやましいことは何もない演技は、大根役者より下手。やましいことを隠しているのが辛くて、私に吐き出して認めてほしいだけ。 だって、夫がこの写真を撮るためにどれだけ一生懸命だったか私には分かる。凝った写真を撮るよりも、ボトルシップを作ったり、木材から彫刻を作ったり、そういう細かな手仕事が好きで器用な人。 写真を撮るときはあっさりと撮り、アレコレこだわったりしない自然体。そんな夫が好きだったのに…。私の異変に気がつかない夫は、次々と璃子さんがモデルの神グラフィーの数々を私に見せてくる。 親のカメラを借りて上手な写真を撮った小学生男子が、ママに褒めて欲しくて必死になっているみたい。夫は悪気なんかないという演技をし続ける。最高にイラつく、ウザい。 私は沸き上がる怒りよりプライドを取って微笑み返した。 「上手だね、私も撮って」 「写真と人混み嫌いじゃなかった?」 「人混みは嫌い。でも写真は好きになった」 「え?なんで?」 「理由なんてないよ」 ひきつった笑顔で私の頬はヒクヒクと痙攣している。夫は、 「じゃあどこに行く?」 呑気に尋ねてくる。 「わざと出掛けなきゃ取れない一枚よりも、日常のさりげない思い出の場所で撮ろう」 「思い出の場所?どこだっけ?」 生まれて初めて人の顔を蹴り飛ばしたいと思った。夫は何も覚えていない。暴力的な衝動より落胆の悲しみの方が大きかった。私は足の指だけをグイっと曲げて足がつる前に指を元に戻した。 「なんで覚えてないの?」 夫の答えは残酷だった。 「あまり印象に残らないからじゃない?」 次に返す言葉を失った私に、 「夏菜は一緒にいて安心する。カッコつけなくてもくつろげる居間の空気みたい。だから忘れちゃうのかも」 手榴弾のピンを抜いて投げつける夫。15年の思い出全てが木っ端微塵に吹き飛ぶ姿が頭を掠める。吹き飛んだ思い出の欠片を、一人で這いつくばって拾い集めながら、私は泣かないように、少し明るめの声で言った。 「そっか…。じゃあ思い出すのにちょうどいいね」 「じゃあ、ロケーションは任せるよ」 フォトグラファー気取りで偉そうな夫。地獄の底に叩き落としてやる…。私は心密かに誓った。
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