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フードファイター、余裕を見せる
「それにしても」
ぼくを含めた全員が、宇宙人の食事を前にして、最初の1口に手が出せない。
とにかくまずそうだ。
色は青とか、紫とか、茶色とか、緑とか、絶妙に食欲がわかない組み合わせで、個体なのか液体なのかよくわからないものが、でろんと皿の上に流れている。
「これは本当に食べものなのか!」
そう声を上げたのは、アメリカ大統領だ。
「味にはなんら問題はありません。この惑星の味覚についても調査済みです。最高級の味わいを保証します」
どうやら、宇宙人は見た目にはこだわらないらしい。
「ねえ、ケン、あなたが最初に食べてよ」
「え、なんでぼくが」
「そうだぜ、ケン、お前がいけ」
リンとデイビットがぼくに声をかける。ナイフとフォークを持ち上げる。けれど……
「うまい、なんて美味いんだ」
そう声を出したのは、青柳先生だった。
「青柳先生」
青柳先生がいるなんて。会場に佇む青柳先生の姿を見て、思わずぼくらは声を出した。
この中に青柳先生を知らないものはいないだろう。戦前戦後を生き抜いた伝説のフードファイターで、ぼくの師匠でもある。
御年は90を越えているが、衰えることを知らず、今も凛とした姿で会場に佇んでいた。
「こんなに美味しいものは初めてだ。さすが美食の国からやってきた方だ」
青柳先生は静かにそういった。どうやら試食用として出されたものを食べたようだ。
その言葉に、ぼくたちも意を決し、ゆっくりと宇宙人「ビストリアン」の食事にナイフを通した。
ナイフの通りはよく、フォークで刺したところが、崩れそうなほどに柔らかい。
ぼくはゆっくりとそれを口に運んでいく。そして、ゆっくりと舌の上に乗せる。
思わず目を見開いた。声が出なかった。
舌の上に広がる、濃厚な味わい。肉汁あふれるステーキか、ハンバーグのような。
しかし、舌に乗せた瞬間、広がる味わいは徐々にさっぱりとしたもの変化していき、のどをすっと通っていく。
「うまい」
のどを通った瞬間に、初めて声を出すことができた。美味い。今まで食べたどんなものより美味い。
「おいしい」
次々と選手たちから声が上がっていく。
味を確認すると、選手たちは一斉に食べ始めた。ぼくもその流れに乗る。
皿が、どんどんと積み重ねられていく。
いつの間にかテレビ中継が入っており、会場の様子を見ることができた。
それによれば、ぼくたち全員、すでに机の半分近くまでを食べているようだ。
「これは、余裕だな」
デイビットがそうつぶやく。
それに応えぼくもうなずく。
しかし、徐々に不安が広がっていく。
そんなに簡単なわけがない。
不意に背筋に冷たいものが走った。
その予感は、的中した。
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